躁鬱ぬるま湯日記

2016年11月に双極性障害の診断を受けました。最近は症状も落ち着いているので、緩めの精神疾患日記です。

世間との乖離

こういうことを書くのってリアルに厨二なのか?って感じだけど、私は昔よりも随分と世間の出来事がどうでもよくなった。

 

なんだろう、すべての情報が遠いんだ。

 

双極性障害になってから、自分以外の情報にかまけていられなくなったというのも事実だ。私は全てをほっぽり出しても私と向き合わざるを得なかった。辛い感情をどこにしまっていいのかずっと探してたと思う。今は落ち着いた。よかった。

 

最近になって、自分と世間との乖離を感じる。感じられるようになったこと自体はいいことなんだと思う。

 

しかし、世間で起きているあらゆるニュースに、一喜一憂したり、日本はもうだめだと思ったり、そういうことができなくなってしまっている。

 

私はニュースを一切見ない。新聞も読まない。意図的にそうしているのではない。せいぜいツイッターを見るだけ。

 

うちではテレビはお義父さんのものだし、お義父さんがいないときでも、テレビの前に座るのをひどく億劫に感じる。新聞を取るような余ったお金はない。そういうちょっとしたお金と心の貧しさが、生活だけでなく教養の貧しさに直結している。

 

私は25歳で得るべき教養も、礼儀も、苦労も、熱さも、なんにも知らない。私の時間は非常に無為。でも焦りもない。

 

先月からアルバイトを始めたけど、私は人の輪に入っていくことができない。もう25歳なのに「入れて」も言えない。まあお金稼げるだけ良かったよね。まだ無理する段階じゃない。

 

けど、私はなんにも生き抜くための武器を持っていない。

 

ない、ない、とないものばかりを探す日々にも飽き飽きした。いや、別に飽きてはいないな。こういうことばかりブログに書くわけだし。

 

じゃあ何を得ることができるんだ?勉強して資格でも取ったらそれで満足か?人付き合いが円滑にいけばそれで満足か?仕事は?納税は?奨学金の返済は?熱くなれるものが必要なのか?人生の目的は?

 

日々に忙殺される虚しさと満足は、双極性障害になった時点でもう期待できない。心にプレッシャーがかかれば、私はすぐに体調を崩す。

 

すべての情報が遠い。

 

でも多分、私だけが「世間との乖離」を感じているわけではない気がする。多くの若者が「日本はヤバいんだろうなあ、でも出ていく術もないし、まあいっか、やりすごすしかない」と思っている。ニュースなんか素通り。事実を重く受け止めて対策しているのは賢い人たちだけだ。

 

どうすればいいんだろう。ニュースを見るよう努力するべきか?これは問題だ、という意識はあるんだから、本当は行動に移すべきだ。このまま30歳になるのは正直しんどすぎる。