躁鬱ぬるま湯日記

2016年11月に双極性障害の診断を受けました。最近は症状も落ち着いているので、緩めの精神疾患日記です。

手が止まってしまった

先週から強い倦怠感で、仕事の手が止まってしまった。仕事って本来生きていくためにするもので「仕事の手が止まった」なんて言っていてはいけない、そう思う。自らの意思で止められるようなもんじゃないから仕事なんであって。でもだめだ…。

 

強い倦怠感のせいで先週は精神科にも行けなかった。だから今は薬が完璧に切れている。薬って飲まないとゆっくりと血中濃度が落ちていくけど、もう5日は飲んでないから、多分完全に切れている。日曜日から一歩も家の外に出ていない。

 

こういう精神の波を消すために薬を飲んでいるはずなのに、ちょっとした嫌なことがあるとすぐに睡眠時間はバラバラになるし、体調を崩すし、これを病気とかもう呼びたくない。ただの気分のムラ、甘え。そのほうがずっとしっくりくる。しっくりくるからどんどん自分を責めてしまう。

 

もう自分の部屋でこもってする仕事なんて辞めてしまおうかなとも思う。本当は人と関わりたいと切に思っている。でも無理だな。いや、無理をしろよそこは。でも無理だよ。その繰り返し。

 

人と関わることにものすごくストレスを感じるし、それが心地いいストレスの時ももちろんある。けどどうしても消せない過去のこととか思い出してしまったり、自分が意志薄弱で最後までできなかったこととか思い出したり。いつからこうなっちゃったんだろう。人が怖い、自分が憎い。その連鎖の断ち切り方がわからない。断ち切れずひきずるしかないんだとしたら…。

 

もちろん今やってる仕事を今やめたからって、やりなおせないことはないし、長めの休みを取ることはできる。というか今現状、少し長めの休みをもらうことにして、休息しようとしてるとこ。

 

考えてみれば、去年の8月からずっとこの仕事のために、体調整えながら準備してきたのに。どうして今になって手放すのが全然怖くないのか。恐怖は後から来るってわかってる。

 

自分がしたいことを、自分の責任で仕事にするのか、誰かに雇ってもらって、生きづらさを誰かのせいにするのか、どっちかを選択しなくてはいけない。病気とはいえもういい年齢、焦る。

 

今この仕事を辞めてしまったら後悔するだろう、どんな形の後悔かも想像がつく。なのにどうして手が動かないの。