定まらない日記

主婦。アダルトチルドレン、双極性障害。

努力とは

昼夜逆転をなんとか治し、毎日日光浴をし、自炊をして、30分くらい筋トレをする。健全な精神は健全な肉体に宿ると信じて。

 

それでも不安を拭い去ることができない。もうこれは病気がどうとかいうより生まれてきた生物として考えなくてもいいことをたくさん抱えているからにすぎないのじゃなかろうか。

したいことは何もないけど、とにかく何かしていないと不安だしまた昼夜逆転してしまうので、目に付いた家事をとにかく片付けたりとかしてごまかしている。私がやりたいことはどれなの?

 

家出をしようとまた画策したはいいが、計画だけですごく疲れて寝て起きたらAが帰ってきていたりして。

 

ここ一週間は人に会うことが多かった。

 

2日は心療内科に行って、食べた物を吐いてしまう話や実家にAと挨拶に行った話をした。先生は特に薬の量を増やすようなことはせず、「ご飯を食べる前に少し薬を飲むと吐かなくて済むかもよ」と教えてくれた。

 

3日には自立支援医療の申請に役所まで出かけた。これで心療内科にかかるお金が1割負担になるらしい。それから、結婚に必要な書類を揃えるために本籍地の書いてある住民票をもらったりもした。

 

4日は友達の展示へ出かけた。仲が良いIとHも連れて行った。Hが買い物をしたいと言っていたので、展示の前に一緒にウインドーショッピングをした。友達の展示には、たくさんの知り合いがいて、私の最終学歴での先生もいた。先生は私に話しかけてくれて、私が得意だったことを覚えていてくれた。「今何してるの?」と聞かれて、「何もしていない」という以外になかったので、正直に「病気になっちゃって」と笑いながら話した。先生は深く聞くこともせず理解してくれたようだった。先生は優しいなと思った。

 

友達にできたばかりの恋人の顔を見たけど、人の恋人を見たときに感じる嫌な感じが特に無かったのでよかった。私はAというものがありながらも、他人のカップルを見るのがあんまり得意じゃないというか、嫌いだからだ。

 

他にも共通の友達が展示を見に来ていたが、みんなそのあとの予定に示しを合わせていたようで、そりゃいちいち予定を聞くのも変かもしれないし聞いたからどうってこともないし別に参加したくもないのだけど、こちら側には完全に秘密にされていた、というか気遣いなくそういうことになっていたので感じが悪いなと思った。私はそういう場合には気軽に「このあとあそこに行くんだ」とか言う。誘うか誘わないかはおいておいて。私の気にしすぎかもしれないが、陰湿な野郎どもばかりだぜと思う。わたしのこういうところは母に似ているなと思う。

 

IとHとAとで酒を飲んで、カラオケをして帰宅した。

 

5日はおかしくなった。午前から昼間にかけては調子が良く、スーパーに一人でうどんの玉を買いにいってAに焼うどんを振る舞うほどの余裕ぶりだったのに、ベッドに寝転んでゲームをしていたら、夕方になるにつれどんどん不安やら悲しみやら辛さが噴き出してくるような感じがして、泣きながら何もできず天井を見ていた。

 

Aが出前を頼んでくれて、薬を飲んで食べて、Aが出前の皿を洗う音を聞きながら眠ってしまった。まだ夜の9時くらいだったと思う。Aが「つらいときは俺を頼っていいんだよ」と言ってくれた。

 

6日は家事、筋トレ、掃除など、とにかく何かをしていた。何をしても虚しかったが、とりあえず部屋はきれいに片付いた。Aが明日食べる弁当まで、昼間のうちに詰めてしまった。読んでもいまひとつ集中できない雑誌を集中しよう集中しようと思いながら読むと時間が早く経つ。特にやることがたくさんあるわけでも期限があることでもないので、ただただ家の中で一人で焦りに耐える。何かやっても虚しくならない趣味が欲しい。探さなくちゃ。

 

7日は同じ高校を卒業した子が、同じ病気になっているというので会ってきた。ランチをして、お互いにどうして発症したのかとか、今の状況とかについて話した。通った高校に行ってみようという話になり行った。懐かしかった。先生たちもみんな、たまたまやってきた私たちにとても優しくしてくれた。少し離れた場所で知り合いに会うことはほっとする。でも、なんだろう、期待していたほどには心が動かなかった。

 

五年前、あそこに通っていた頃とは全く違った景色を見ている。先生たちは私の状況を知って、それでもやっぱり教育者としてアドバイスをくれた。それはありがたいことだなと思った。

 

久しぶりに会う友達に会えば、誰かに会えば気が晴れると思っていた。次の日に疲れ切って眠ってしまったりおかしくなってしまったりするのは、病気のせいなんだと。

 

でも違う。誰と会っても、何をしてても虚しく感じる。そりゃ面白い物をみれば笑いもするし感動もする。心が動く瞬間はある。でも虚しい。私の中身には何にもない。それを受け入れられない。何かに集中したいのに、集中することさえ難しい。自分の体が思い通りにならない。楽しいことを楽しいままそのまま受け取ってそのままできたらいいのに。

 

でも筋トレや家事と自炊だけはやめない。これをやめてしまったら本当に空っぽで、私は主婦の端くれとしてもダメになってしまう。

 

みんな「無理しなくていいよ」「今考える必要のないことは考えなくていいよ」「時間が解決してくれるよ」と言ってくれて非常にありがたいのだけど、私の気持ちのカラカラさには誰も気づいていないように思う。

 

誰かと会えばその度に人間関係に困惑したり混乱したりを毎日繰り返すし、何かをしても楽しくなくて集中できない。私にだってそれの責任の一端はあるだろう。例えば筋トレをもっともっとつきつめてやるとか。料理をつきつめてやるとか。虚しさが取れるかもしれない。

 

気持ちが急いて、死にたくて虚しくて、このまま何もないなら、死しか救いが無いじゃないか、私は何もせずにどこかに楽しいことが転がってないかなと言ってるのと同じなのかもしれない。だとすればそれはそれで悔しくてつらい。

 

どこにいっても人間関係に堪えられない。ひとりぼっちだ。問題は私の中にある。意固地になっているのも複雑にしているのも私。

 

わたしのことが嫌いで、世の中も嫌いで、でも彼氏に甘えてすがって生活して、働きもせずに生きて。なにがしたいかなんてわかるわけない。人とぶつかって苦しんで、自分の力で生きている人がやっと自分が何をしたいのかがわかるんじゃないのか?

 

だから私みたいなのにはわからないんじゃないか?

 

結婚したって私は同じようなことで苦しみ続けるだろう。じゃあ働ければ何か見えるものが変わるのか?人との関わりは1日でくたくたなのに?

 

死にたい。

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