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定まらない日記

身の回りのことを書きます。アダルトチルドレン、双極性障害。

しあわせになれなくてもいい

前にも言われたような気がするので過去の記事にも書いたかもしれないが、昨日Aが私に、「べつに幸せになれなくてもいいよ」と言った。私がまた、結婚することに対して「こんなんじゃ幸せになれないかもしれない」と言ったからだった。

 

私は幸せになりたいとは思ってはいるが何をどうしたら幸せになるのかは今ひとつ分かっていない。自分にとって何が幸せなのかを考える。極端な考えだが、ギリギリの暮らしで病気を患っていても、ご飯をなんとか食べて、恋人とまあまあ仲良く暮らしているこの暮らしは幸せだと思う。

 

まず今の状況の何が良くないって、居候という点。それから借金と奨学金の返済と、保険料やら年金やら払うものが多すぎるのに私が病気でろくすっぽ働けていない、働けるほどに回復していない。それでも生活しなけりゃならないからAに生活費をもらい、気に入ってる服を売り、1日だけのアルバイトをし、それでようやくのカツカツな生活。

 

私は実家の居心地がもう長いこと悪くて逃げ出した。それで実家の人々も心配したり憤ったりと、不快な思いをさせてしまった。しかし私にとっては長年積み重なってきたものがそろそろ限界だ、というタイミングで、Aの家に週何回か通うのもまた大変なことだったので、同棲したのは自然なことだった。何度も書くが双極性障害のもつ衝動性も関係がある行動だとは思う。またAもお義父さんも、私が転がり込んでくることにそこまで大きな感想を持っていなかった。

 

私がAと結婚すると、とりあえず年金の支払いと保険料の支払いがなくなる。そして彼氏と同棲しているが実態は居候、という環境も、結婚することでこちらの家の人間になり妻になることができる。今よりも幸せになるために結婚をするんだと言えばそうだ。

 

借金は自分でアルバイトして少しずつ返していくつもりだ。奨学金の変換は一時ストップしたので、借金のみに集中してお金を返せる状況を作る。カードをもっていると衝動的に買い物をしてしまうので、このひと月はAにカードを預けた。

 

2日に1回はコンビニやスーパーの支払いでカードを使っていたのだが、今月は1度も使っていない。自動的に引き落としになっているスマホ利用料と、毎月届く栄養ドリンク代、それだけ。

 

しばらく金銭感覚が鈍っていたので、自分が食費2万円ちょっとで1ヶ月やりくりできるとはとても思えなかったけど、できた。鬱がひどくなって1日1食しか食べないような日も多かったから完全にやりくりできたとは言い難いけど、それでもできたんだよね。

 

1人でいるときにふらっと外食のチェーン店に行きたくなったりもしたけど、それも我慢できた。ふた月前はどうしても何か発散したくてよく1人カラオケ3時間とかやってたし、食べたいものはその場で食べてた。そうだ、時間も守れなかったな。

 

私にとっての幸せは今の生活が、自分の病気が少しずつ良くなっていくこと。

 

たぶん日曜日の話し合いでは、実家に戻って療養し、就労支援を受けて1人で暮らせるようになってから、みたいな話になると思うんだけど、その間にAと離れ離れになるのは今更つらいなあと思う。

 

Aと付き合う前の7ヶ月間と、付き合って一緒に暮らし出すまでの約3年間、私とAは毎晩スカイプで話をしていた。お互いが家に着いたらスカイプを始めて、そのままどっちかが眠るまで、風呂に入ったりご飯を食べたり作業をしたり、各々好きなことをしながらでも、スカイプはつけっぱなしだった。

 

一緒に暮らし始めて、ようやく画面ごしにおしゃべりしなくて良くなったのに、また私が実家に戻れば、スカイプの日々に逆戻り、「早く会いたいね」なんて会話をしなきゃならないのは嫌だ。

 

Aと暮らすのに結婚したほうが暮らしやすくなることは明白だ。でも、母からのメールの「結婚に逃げてもいいことない」という文言にウッとなる。

 

私は仕事も辞めて、そこからアルバイトでもしながら大好きな絵を趣味で描いていくような生き方ができればいいと思っていた。しかしどこのバイト先に行っても続かず転々としてしまった。そのうち周りを憎む気持ちや恨む気持ちにどんどん支配された。こんなことを思いたいわけじゃないのに、何を見ても汚い感情が入ってきた。

 

何かがおかしい、でも何がおかしくなっているのかわからなかった。バイトが続かないことをAに罵られてもいた。実家にも帰る気はしなかった。すぐに連絡が取れるような友達も思い浮かばなかった。とても孤独だったな。

 

なんとかしなきゃと思いながら、パソコンでいろんなページを調べて、自分はアダルトチルドレンなんじゃないかということに気づいた。近所の図書館に行ってよくわかりそうな本を何冊か読んだ。

 

私が家庭に対して感じていた気持ちにかなり近いことが書いてあった。アダルトチルドレンだということに確信が持てた私は、これから自分がどうしたらいいのかを専門家に聞こうと思って精神科に行ったけど、双極性障害だと思うよとお医者さんに言われて、ボー然。アダルトチルドレンは病気じゃないけど、双極性障害は病気だったから、とてもショックを受けたというか、とにかく信じられなかった。

 

母に病気のことをメールしたら、病気になったことに関しては申し訳ないくらい悲しんで心配してくれたけど、病気自体の理解はあまりないみたいだったし、アダルトチルドレンの話をしてしまったことで、母の機嫌を損ねてしまった。

 

今週に入ってからこうやってしょっちゅう自分のことと母のこと、Aのことをこのブログに書いては自分の気持ちの整理をしているつもりなんだけど、効果出てるのかなあ。

 

冒頭に書いた、Aが「べつにしあわせになれなくてもいい」って言ったことが妙に頭から離れない。「絶対幸せにする」とかそういう空手形を、結婚って使うもんだとばっかり思ってたけど。これまでもAは「まあまあ幸せになれるだろう」とかは言ってくれていた。

 

「べつにしあわせになれなくてもいい」が投げやりな意味でないことはわかる。世の中の大勢の人が想像するような幸せは、私が病気の時点で、彼がブラックに勤めている時点で、かなり難しいこと。今のこの生活も、足りないものはたくさんあるけど2人でいること自体は幸せなのだった。

 

世間一般の「幸せ」の虚像に支配されていたんだと思う。やっぱりウエディングドレスとか、指輪は結婚指輪と婚約指輪の2つ用意するだとか、すぐに可愛い子供が生まれるだとか、そういうものに憧れはあるけど。

 

さっきもAにしつこくラインして、「本当にわたしでいいの?実家に帰れっていうなら悲しいし辛いけど帰ってもいいよ」と送ったら、「いいかわるいかと聞かれたらよくないけど、良くなると思ってるよ」と返事が来た。ぶれないなあ。