定まらない日記

主婦。アダルトチルドレン、双極性障害。

生保レディさんと会った

人からきたメールをこういったところに晒すのってやっぱり酷い行為なのかもしれない。ということをほんとにぼんや〜り思う。

 

別に晒したからって「ねえこれひどくない?」というわけでも「読んで読んで!」というのとも少し違う感覚なんだけど、やってることはそれと同じだからこれを読んでうわあ、こりゃプレッシャー感じるわ・・と思ってほしいのかもしれない。

 

なんか文章を読んでてもぼーっとする。長い文章だなあ、ああやっぱりね、と予測できることしか並んでいないメール。頭をがつんと殴られるような衝撃があるわけでも、見ているだけで涙腺が緩むようなメールでもない、私にとっては。説教を聞いている間と同じだ。時間がただ止まっているだけ。たまにひどい悲しいことを言われて泣いてしまうだけ。

 

だから人が見た時にどう思うんだろうなあこれは、と常に思っていて、親しい友人とかAとか、そういうところで母からや叔母からのメールを見せている。どうなんだろうね、これって。私のことを心配して愛してくれていることは間違いないのだろうけど、そのやり方ではもう無理なんだよな、きっと。

 

 

今日は、私が生命保険を契約している生保レディさん(この言い方であってんのか?古そう)と会った。

 

この生保レディさんは私の中学校時代の同級生のお母様である。私の母とはそこそこ長い付き合いのママ友だ。ママ友と言っても、ただ立ち話をするだけの関係ではなくて、家族の入っている生命保険の担当もしてもらっているし、母が乳癌で入院したときはしょっちゅうお見舞いに来てくれたりと、家族ぐるみで付き合いがある。むしろ私の同級生である娘さんよりもずっと、今ではそのお母さんのほうによく会っているくらいだ。

 

保険の契約のことで話があるとメールが来たのが二日前で、あまりにタイムリーなので少し身構えたというか、母がついてくるのかもしれない、母から何か言付かっているのかもしれない、と思ったのだが杞憂だった。

 

生保レディさんは私が今双極性障害であることも知らなかったし、結婚しようとしていることも知らなかった。単純に契約内容について、私の直筆サインが必要なものがあったので貰いに来ただけ。

 

もちろん母と付き合いがあるので、私が実家を家出のように出て行ったことは生保レディさんも知っている。そのあと母が相当落ち込んでいる姿も見て知っているようだった。「Kちゃんのお母さんはけっこう強い人だってずっと思ってたんだけど、Kちゃんが出てってから信じられないくらい弱ってたよ、『Kが…Kが…』ってもうヨボヨボな感じだった」

 

そう聞いて痛む胸が完全にないわけでもない。まあ、生保レディさんも私も笑い話として軽い感じで流したけど。というか、笑い話として流してくれる人で本当に良かった。もしここで「お母さんにそんな酷いことしちゃダメだよ、帰ってあげなよ」とか言われていたら、私の今日の精神状態はもっと良くなかっただろうと思う。

 

私は生保レディさんに自分の持病のこと、現在結婚を考えていることなどを素直に話した。もし障害者手帳をもらうほどに心の病気が悪化すればばれてしまうことだし、入院しないとも限らない。結婚すれば名義も保険金の受取人も変わる。正直に話したほうが都合が良い。

 

精神的な病気に一度なってしまうと、解約してまた保険に入ろうとしてもとても難しい、ということを言われた。こういうことになる前に家族ぐるみの付き合いがある人のところで保険に入っていてよかったなと思った。少なくとももし入院したときや何かあったときに、Aや家族にお金を残せることはありがたいことだった。毎月の医療費はほんとにバカにならないからなあ。躁鬱の病院は今度1割負担にしてもらう予定だけどね。

 

生保レディさんは私のことを責めたり激励したりしなかった。無理ができないから、今は働けないでしょう?と聞かれて、たまにバイトしていること、家の中でパソコンでできる仕事も少しやっていると答えても、「じゃあいつか正社員を目指していこうね」とかそんなことは言わなかった。

 

私と同じ病気で、正社員に憧れがある人や正社員として無理して働いている人がたくさんいるのは知っているし、本当は私もそういうところを目指して自立せねばいけないのかもしれないが(母も非常に正社員かどうかにこだわっている、私が自分の力で食べていくことにこだわりがある)私は今の段階では、自立に憧れはあるものの正社員として働いていくことは難しいと思っている。

 

だから生保レディさんにそういったことを言われなかったのは本当に嬉しかったし、素直に本音で話すことができた。そこを負い目に思わなくてもいい、自分の親世代の人もなかにはいるんだなあとほっとした。働いていないことに罪悪感があるからだ。

 

病気だとわかる前まではAもよく私を責めた。何回も新しいバイト先を転々とするたびにAは私にがっかりしたし、私を罵った。私自身も、どうして私はここまで普通の人が頑張れていることが頑張れないのかまったくわからなくて自分を責めた。自分が躁鬱だと思わなかったから。

 

家出してから何ヶ月かは、家出しなければ良かったと思うくらいそのことがストレスだったと思う。私はなんのために家を出て逃げ出したんだろう、そういうことばっかり考えていた。同棲を始めて1年半ほど経つが、私もAも病気のことを少しずつ理解していくことができたので、今は生活がしやすい。

 

生保レディさんは、「お母さんはKちゃんのことが心配なんだよね、だから会って笑顔を見せて大丈夫だよって言ってあげれば、きっとうまくいくと思うよ」と言ってくれた。

 

「親は子供を本当に一生懸命育てるけど、親が思った通りに育つわけじゃないんだよね、で思った通りに育たないと、今までの自分のやり方を否定されたように感じちゃう。でも親もその親に育てられて、その親もその親に育てられて…って、そうやって繰り返してるけど、絶対に間違いがないわけじゃないんだよ。もちろんお母さんのやり方も間違ってないし、それが苦しくなったKちゃんも間違ってないよ」

 

涙が出そうだったけど我慢した。生保レディさんは、母が妹たちよりも私1人に対して真剣に子育てしていたことにも気がついていて、私が一生懸命あんなことがあった、こんなことがあったと説明する必要はなかった。

 

生保レディさんは当然だが私の実家の近くに住んでいるから、はるばるご足労いただいてしまったんだけど、それが彼女の仕事なのもあってこっちから出向くというのも変だし、遠くに住んでしまってごめんなさいという気持ちだ。

 

また私が結婚したら、保険の名義を変更しにやってきてくれるという。そのときはAにも会わせたいな。