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定まらない日記

身の回りのことを書きます。アダルトチルドレン、双極性障害。

それでいいんだ

人間模様

昨日は心療内科に行って薬をもらったあと、友人のIと2ヶ月ぶりくらいに会って、6時間くらい飲んだ。

 

Iは去年、上司のパワハラと激務に耐えかねて仕事を辞めた。新しい仕事では全く別の業界で頑張っているようだ。2ヶ月前に会った時は、まだIが仕事を辞める少し前で、新しい仕事の話を私はなんにも知らなかったので、色々と聞いた。

 

私もIと会っていない間に起こったいろんなことを話した。母から届いたメールの内容を読んでもらった。母は私にメールしたあとすぐAに連絡を取ってラインで長文の話し合いをしたので、その内容も見てもらった。

 

Iは、「Aさんって本当にすごくいい人だよ、久しぶりにこんなに感動した」と言った。嬉しかった。やっぱりAってすごくいい恋人だよね、不安になるくらい優しいよ。

 

Iが言うには、お母さんが私に対して送ってきたメールの内容もショッキングだったし、そのあとすぐにものすごい長文をAに送る行動もショッキングらしかった。やっぱりそれが普通の感性だよね?Aも言ってた、返事を送る前に新たな長文を送ってきて、こちらがレスポンスする暇もないって。

 

ラインだけじゃなくて、母は実生活でも気が立っている時はそういう人だ。何度もこのブログにも書いているが、私が何も返事しなくてもどんどんどんどん正論をまくしたてる。ラインでも全く一緒。Aは淡々と、平日なので仕事をしながら返事をしていたが、本当によくそんなにまともに返事が返せるなと感心した。当の娘本人である私は、「なんでも連絡をラインで済ませようとする」という理由から母からブロックされているし、なんだかなあ。

 

Aの中では「結婚のお許し」をいただくために挨拶に行くわけではなく「結婚の確定報告」に行くということがすでに決まっているらしくて、私の母親のことも別に恐ろしくもなんともないらしい。ただ私が怖がっているし、その理由を知っているから、義母になるとはいえAからすると母のことを微妙に思っているようだ。

 

そう思わせてしまったのは私だから責任を感じる。私さえ母のことを悪く言わなかったら、Aは母と仲良くやれていたかもしれない。私の実家との関係が良好であったほうが一般的には幸せなのは言うまでもない。私が我慢できなかった、そう思う。

 

母だって私をここまで育てたのに娘にけなされて悲しい思いをしているから、やたらと傷ついたことをアピールしてくるのだ。でもどうしたらいいんだろうね、そのアピールが心に響かない。もうこうなってしまったことは仕方ないけれど、母に何を言われてもそっちのほうに心が傾かない。母が乳がんになったことは辛かったし、心配しているし、もし再発して母が亡くなってしまったら本当に悲しいと思う。でも遠くにいたいんだ、できる限り。この矛盾がとても悲しい。実家を出る前から悲しい。

 

実家を出てすぐはこの矛盾が受け入れられなかった。でも自分のことだし、それなりに苦しい思いをして、その二つの気持ちが両立することはありうるということだけは納得させた。大切な人だけど、会いたくはない。

 

昨日一緒に飲んでいたIが言うには、母は自分の辛いことで常にいっぱいいっぱいな印象を受けるという。そしてそれをずっと受け止め続けてきた娘である私にとても甘えていて、とても愛しているんだと思う、とも。

 

「でもねK、Kは自分の幸せのことだけ考えてもいいんだよ、親にちゃんと挨拶しに行くとか、そういうたくさんの世の中のルールがあるけど、Kが嫌だったらしなくてもいいんだよ。私から見ると、Kのお母さんのことをKはたくさんよく考えて悩んでるけど、Kのお母さんはお母さん自身のことで頭がいっぱいに見えるよ。大丈夫だよ、Aさんが付いてれば。AさんとKはすてきなカップルだから、絶対だいじょうぶだよ」

 

Iの言葉が私に都合よく甘くても、嬉しかった。母は実際すごく正論の人だから、母こそ私のことをすごく考えているだろうと思うけどね。私がアダルトチルドレンの話さえしなければ良かったんだと思う。「毒親」とかの単語も出してはいけなかったのだと思う。どんなに当てはまっていたとしても、私にとって母が大切なら、私がどんなに傷ついていてももっと冷静にやめておくべきだったと今は思う。

 

Aと結婚することについての不安もIにぶちまけた。結婚って本来こういう方法でしないじゃん、とかAは子供がいずれほしい人だけど、私は子供を作る約束はできないよって言ってしまったこととか。ついつい私はダメな方を見て先に不安になっておいて、本当に怖いことがやって来た時に備えてしまうこととか。

 

Iのお母さんが自己啓発本とかをよく読む人らしく、Iも家にあるものを手にとって読んでみることがあるらしい。「心配事の9割は起こらない」みたいなタイトルの本の話をしてくれた。

 

少し気楽になりながらも、「そのタイトルの本を読みそうな人の心配事が9割起こってないだけじゃないの?」と言ったら「考えたこともなかった、Kは頭いいね」なんて言って笑ってた。

 

妊娠して8ヶ月のお腹を抱えて「生まれてきたらどうしよう」と考えるような心配事は、1割の確実に起こることに当てはまってしまうわけで。まあそんな大雑把な不安も内容を細かく分けていったら9割起こらない出来事として処理できるような気もするね。

 

Iが少し私の不安を和らげてくれた。応援してくれる人もいるんだ。Aは結婚する、と確定事項として捉えているし、別に私は今の生活に特に変化はないのだから結婚したって構わない。だめになったら別れるなりなんなり、そのとき考えればいい。

 

むしろ結婚したら、私のこの居候しつつ引きこもりというヤバイ無職から主婦という耳障りの良い職業にクラスチェンジできる。若い女としてサービスを搾取されがちな恋愛市場ともオサラバ。お金もいくらか浮く。生きていける。それでいいじゃん、いいんだそれで。