躁鬱主婦日記

アダルトチルドレン、双極性障害。漫画家になった。

ほっとこう

世の中で起こってることがわからなくなるとさすがにまずいと思うのでニュースは毎朝見るようにしてる。でもニュースの内容ってやっぱちょっとヘンだね。編集者が妻を殺害した容疑がかかってて逮捕されたニュースも、なぜか担当した漫画のタイトルがでかでか出てるし、よくよく調べてみれば担当ではなかったらしいし、なんか嫌だなあ。

 

俳優が不倫したニュースでは、お金がないから逢瀬の半分以上はポイントがたまるビジネスホテルだった、みたいな内容で、それこそ週刊誌で知りたい人だけそこまで知ったらいいんじゃないの?というような内容でなんかかえって可哀想だし。グラドルとケチケチしたセックスしてたからってもう立ち上がれなくなるくらいぶちのめされなきゃいけないのかね。もっと卑怯な奴いっぱいいると思うけど。

 

2016年てほんとに漫画みたいな、フィクションの世界みたいなニュースが多くて、何か大きな流れのようなものを感じた。いくつもの大きな、ずっと続いてきたことが終わりを迎えたり、スーパースターが何人も亡くなって、びっくりに次ぐびっくりがひっきりなしに起こってた。私の周りでも、というか私自身もそういう年だったな〜と思う。

 

同時に、一般大衆の気持ち?が大多数が思ってることが優先される度合いが凄まじい感じがした。大きいコミュニティには大きいコミュニティのルールがあって、それに準じた大多数が優先される。小さいコミュニティでは、たとえ大きいコミュニティとは真逆のルールでも、小さいなりの大多数が優先されるように思う。「気持ちがわかる」ことがとても大事なのだ、世の中は。私自身もそうだけどね。2016年は本当にみんな狂気的にそう見えた。

 

例年よりもずっとそう見えたのはなんでだったんだろう。私がすごく弱って、人の意見のマイナスな部分に左右されやすかったから?いちおう社会に出て本当に世の中の仕組みってこんなだったんだと思ったからかな。でもなんか、自分の意見を正当化するために、そこにものすごく力を入れている人を多く見た。そしてその意見が大多数の賛同を得られれば正義だったし、反対が多ければ叩かれていた。そうしてもいいよ、という仕組みができていた。2017年はどうなってしまうのかな。

 

みんなは自分のことが好きなんだろうか、嫌いなんだろうか?

 

あとね、結局だれも家の中のこと、組織の中のことは中にいる人しか実情がわかんないんだなって本当にそう思った。予想するのさえ、経験がなくてできない人っていうのが、私よりずっと大人の人でも山ほどいる。わからないことは幸せで幸運なことで、そのことで一生戦う必要のない人も山ほどいるんだ。いつか向き合わなくちゃいけない人も山ほど、山ほどいる。それでも全員の人生は同じではない。個人の自由が尊ばれる代わりに、苦しみはどんどん個人的なものになって、足をすくわれる。そのことをわかっていたとしても、私は私のことに必死で、寄り添ってあげることはできないことのほうがずっと多い。私の友達が私を助けることは絶対にできないように。自分自身だけで助かるしかない。かなしくて、でもそれが希望。

 

私にもわかってあげられない苦しみがたくさんある。だけど、「わかってあげられない苦しみ」があることをわかっていることは大きいことだと思う。

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