定まらない日記

主婦。アダルトチルドレン、双極性障害。

金銭感覚とアートの話

ずっと自分が貧乏めなところにいたことに気づいてなくて、それなりに中流家庭だと思ってたんだけど、親も「借金を借金で返して回す」という月があったことは言っていたし、一軒家にギリギリのところで暮らす貧乏家族だったんだと思う。

 

教育は私立の高校から専門まで出してもらったことだし、私はのんきだったと思う。私に子供ができて学校に通わせようと思ったら、やっぱり大変なことだ。このことは今後も感謝しなければいけない。

 

高校も私立だったし専門も美術系だったから、周りにいる人々もなんだかんだお金のあるひとばかりで、お金がある人の余裕があったと今になって思う。

 

いろいろなタイミングでよその家の裕福ぶりを味わうことはあった。高校生のとき、私のおこづかいは月2000円だった。今ではその2000円をどうひと月持たせていたのか不思議だ。お年玉の貯蓄があるとはいえ。専門学校で、奨学金を返還するための説明会というのが3年生のときにあったのだが、私とAは連れ立って出席した。ものすごく人がまばらだった。15人程度しかいなかったと思う。私たちの学年は200人居たのに。聞くほどでもないことだからスルーしているというわけでもなく、借りているものはなるべく参加するようにとのお達しがあった。つまり前期と後期に分けて払う授業料やら入学金やら施設維持金を、奨学金から借りずに払っている方が圧倒的に多かったのである。

 

他にもなんだか格差を感じるタイミングは、友達が持っている別荘の写真を見た時とか、自宅の写真を見たときの圧倒的なインテリアの整い方だとか、そもそも家の建築が豪邸と言って差し支えなかったりとか、ケータイに通信制限がかかったら追加料金を支払って解除してもらっているだとか、そんなところだろうか。

 

私はもともとお金に頓着が薄い。無いなら無い生活をする。今借金をしているのは最低限の生活すら立ち行かなくなった結果で、それを返し終えても、お金に対する気持ちをもっと貪欲になっていけるかはわからない。自分の生活水準より高い生活水準の友人たちに囲まれ生活していたことに今頃気づいたのでそのことを卑屈に思うことはないけれど、やはり元々が高い生活水準の人々には、私の家庭環境や、うちの中のインテリアに統一性がないこと、そういうことに理解が及ばない、無神経であることは日頃から感じていたことだった。もちろん卑屈な貧乏人の私よりずっとみんな優しい性格をしているが。

 

私は貧乏が嫌で嫌で早く抜け出したいと思うほど貧乏さを感じさせない家にいた。それは母の努力だった。父は家族の了解なく高額なものを買ってきてしまい大げんかになったりすることがたびたびあった。そう思うと、私が出て行ったことで母を傷つけたことはやっぱり悪かったな、と思う。そこまで自己肯定することができない。

 

中学生の頃はヤンキーばかりの中学校で過ごして、地域的にも貧乏な家の子が多かった。すんなり進学した高校や専門では育ちがいい子が多かったが、私はそれを中学生から高校生、成人したから大人になった変化でそうなっているんだと思っていたかもしれない。実際みんなそれなりに周りと折り合いをつけるために中学生よりかは心も成長しているだろうが、どこでどのように育ったかはやっぱり影響が大きい。

 

私はずっと漫画を愛し机に向かって勉強せずに絵を描いていたから、あんまり自分が何をやって食っていくかということに迷いがなかった。美術系の仕事につくことを疑っていなかった。実際デザイナーの仕事も経験したし、そうなったわけだけど。例えば全く違う勉強をして看護師になるだとか、そういうことも母親には提案されたけど、つっぱねた。それで今困っているのかもしれない。まあ仮定しても無意味なことだ。

 

話は変わるが昨夜、絵描きの知り合いが、とある画家にものすごい人格否定を受けていて、そのこと自体はあまりにも理不尽な物言いだったので、はたから見ていて非常にイライラしたのだけど、その言い合いが終わった後のその画家が言っていたことには、共感した。ざっくり要約すると「世の中は体育会系のピラミッド社会である。美術に関わる人間は文系が多く、もともと仲間関係を形成していくのが難しい。そうやって成長していったひとは怒られることを知らず、団体行動ができない。そういう人は社会に馴染めなくてつまずきやすい」といったことだった。

 

この話自体はすごくわかるんだけども、その画家が私の知り合いにキレた内容からするとちょっと理論の飛躍というか、自分に都合のいいようにその理論を使ってないか?と思わされたが、ここの部分はそのまま私に当てはまると思う。

 

私は絵を描く人間だけど、ファインアートを通ったことが1度も無い。受験のためにデッサン教室の夏期講習に通ったけど、それもたった2週間だった。結局面接とパフォーマンスで入学が決まったのだから、そのデッサンも最初のファイル審査くらいだった。私のデッサンは、デッサンをはじめてすぐの割にはスジがいいねくらいのもので、美大進学に必要なレベルに達することはなかった。美大に行きたいともあまり思わなかった。中学の美術部でも高校の美術部でも、そして画塾の夏期講習でも感じた、絵を描く人間の薄暗さやねちっこさは、あまり好きではなかった。自分もそうだと思うところもあったけど、当時の方が私は明るくて賢い子だったから、「違う」と思っていた。

 

ファインアートを通るか通らないかの問題では無い気がするけど、その辺の日本人の描いた絵がギャラリーで展示して売れる、という感覚がそもそもわからなかったりする。その辺の日本人、とか言っちゃ失礼なんだろうけど。芸術家としてひっぱりだこで認められている有名な人の作品が売れるのは理解できるけど、個人作家の作品が売れる、という発想がぜんぜん自分のなかにない。雑貨とかがデザフェスで売れるのは、買った後に使用用途があるけど、絵画を買って飾ろうという感覚が、貧乏だからか?発想の貧困さゆえか?無い。

 

でも現実は、売れている。買う人が一定数いる。絵画の使用用途が壁に飾ることしかなくても、コレクションしたいと思う人がいるのだ。それってとても裕福な発想だ。私の手元に今すぐ10億手に入ったとして、私は家と土地は買うだろうけど、その家にぴったりの絵画を買おうとするだろうか。つまり、裕福さは育ちだと思う。

 

母に、「アートや表現の類は、金持ちがやることよ」と言われていた意味が徐々に現実を帯びてきた。デザイナーの仕事はけっこう頑張っても薄給だし、健康を維持していくには裕福な実家が必要だろう。画家なんて生計を立てようと思ったらもっと大変な仕事だろう。

 

私には難しいことでも母は挑戦させようとしてくれたのかもしれない。少なくとも母はデザインの勉強もしたし演劇もかじったことのあるひとだったから。私がまあまあ貧乏なのにもかかわらずけっこう裕福な美術教育を受けたことは、今のどっちつかずの「私らしさ」につながっている気がする。ともかくもう少し必死にならなくちゃなあ、くらいのものでお金に対して卑屈でないことは現状ではメリットが大きいと思う。もし今から芸術家になろうとするなら、あまり歓迎されない感覚だろうけど。

 

もともと私はずっと漫画が好きだった人だから、単純に自分の絵にも一枚絵として作り上げる価値はあまりない、物語を伝える装置くらいに考えているかもしれない。

 

専門で結局私はイラストのゼミに入って、イラストレーターの先生から指導を受け、イラストレーターになりたい仲間たちができたのだけれど、そこも完全にしっくりともいかなかったのだった。(なぜなら自分の絵を一枚絵でギャラリーに展示し売ることをひとつの大きな目的にしている人々だったから)その集団のことが、今までの人生で関わってきたお絵かき集団のなかでは1番好きだけどね!