定まらない日記

主婦。アダルトチルドレン、双極性障害。

メリークリスマス

母からのメールの一件で少しふっきれました。ふっきれたというか、またすぐに落ち込んでしまう落差のためのちょっとした浮遊なのかもしれないし、そこはまだわからないけど。

 

「言いたいことを言え」と言われたから言いたいことをかいつまんで説明したし、私のためにも妹の今後の関わっていき方を変えてほしかったから、私が読んだいくつかの本を読んで欲しいと頼んだけど無理だったので、もうどうしようもないんだなーとあらためて分かった。そもそも他人を変えるのは無理なんですね、よく言われているように。

 

メールのやりとりをしたあとは拒絶する気持ちが強くてこのブログに悪態をついたし、母は賢い人だからわかってくれるんじゃなかろうかと、わかってほしいという甘えが自分の中で非常に強くていやになった。

 

でももうこれ以上は言いたい事言っても相手も自分もすり減るし、母の言う通り母の事をおとなしく「嫌い」のフォルダに入れたほうが私は楽にいきられるのではないかと思う。「好き」のフォルダに入れ続けていたから苦しかった。極端かしら、当然母の事を「嫌い」ではないわけだけど、別に母がどう生きていても、妹をどう育てていこうと、私には関係ないんじゃない?というどうでもいいや、になってしまっている。もう嫌いでいいや、私が悪かったんだといちいち思わなくていいや、と。

 

もちろん関係がないなんてことは不可能なわけで、これから先母がまた病気になったときは帰らなければいけないだろうし、まあその他もろもろで顔を出さなくちゃいけなくて、他の親戚にもそのたびになにか説教を垂れられるんだろう。ヘドが出る。

 

私が家出をしたことで、母親に少しでも自分の言いたい事が言えるようになったと思う。今もあの家で暮らしていたら、私は母のご機嫌をとりながら、父に対する母の態度の冷たさを、妹が昔の私のように叱られているのを、ただ部屋にこもってなるべく自分にカミナリが落ちないようにちぢこまっていることしかできなかったと思う。そして「早くここを出て行きたいなあ」と貯金もしないで思い続けていただろう。

 

この間のメールで母は、父の事を「結婚と恋愛は別、子供達を育てていくパートナーと思ってる」と書いてたけど、綺麗事にしか聞こえなかった。私がいなくなった1年でそういう良い変化が本当にあったのかもしれないからそこは追求できないけど、父親にずっとイライラして、食事の席、休みの日、ずっと嫌いな人間に対する冷たい一暼しか向けてこなかったと思う。父はアスペルガーだから、そういう性質を冷たい対応をすることしか母ができなかったことは理解しているし、家庭にふりかかった「どうしようもないこと」のひとつだった。パートナーと思ってても、嫌いなんでしょう?父と母が揃うと毎日のごはんがまずかった。

 

年末も帰って来いと言われたし、帰っても大した事は起こらないのだろうけど、私のこころに一定の緊張を持っていかなきゃいけないのが嫌だし、多分行かないと思う。

 

居候しながら肩身の狭い思いをしてでも恋人のそばにいるほうが、実家でくらすよりも私の心は遥かに楽なのである。

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