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定まらない日記

身の回りのことを書きます。アダルトチルドレン、双極性障害。

言えない

心療内科に行くの2回目で、仕組みがよくわかっていなかったんだけど、結論から言うと色々相談したいなあと思っていたことがまるで言えなかった。2回目は普通は言わないものなのかな?と思ってしまって。

 

前回行ったときから今回行くまでの2週間の間に何があったか、精神的に変化があったか聞かれたけど、前回病院に行った後すぐに風邪をひいてずいぶん寝込んでいたから、体調の悪さや心の調子がいつもよりもどうとか、あまり分からなかった。薬があっているのかどうかも。

 

それでも、不安を抑えるための頓服薬は効いている実感があったし、これからも薬を飲みたいなと思ったから、行って薬をもらっただけでも全然いいっちゃいいんだけど。

 

なんかなあ、やっぱり初対面の人に対して人見知りがとっっっても強い。受け答えとかは普通にしているし、そんなにもじもじしているわけではないから言いたいことを言えていると思ってスルーされがちではあるけど、それって周りが悪いんじゃなくてうまく伝えられない自分が悪いのだ。

 

これは病気がどうとか落ち込んでいるからどうとかじゃなくて訓練次第でなんとかなる項目のような気がするんだけどな。

 

今回は病院に行くのだし、初診の時にものすごく丁寧に話を聞いてくれたから今回もそうなのだろうと油断していたら、言いたいことが全く言えずに薬だけ処方されて帰されるという体たらく。

 

特別扱いしてもらえる場所とでも思っていたのかもしれない。先生からしたら、何百といる患者の1人にすぎない。彼らが表向き優しいのは仕事だから。これも極端な考え方だな…。

 

相談したかったのは現在母親にしている仕送りを、病院代がかさむので一旦断りたいけど、病気のことを言うべきか、というものだったんだけど、こんなに個人的なことを相談されても困るだろうか。と、思った旨を、診療が終わってすぐにAにラインしたのだけど、「先生は精神的に辛いことの相談にのってくれる先生なんじゃないの?」との意見。

 

う〜〜ん、次からは伝えたいことを箇条書きにして持って行こうかな。

 

帰りがけに「何かあったら病院に電話してきてね」と言ってもらったのだけど、こういうの、私毎回頼ることができないんだよね。「何か」ってどの程度の出来事?薬のせいと思われる体調の変化とかをさしているのは分かってはいるんだけど、私よっぽどじゃないかぎり耐えてしまうと思う。

 

困ったことがあっても、人に相談できない。職場で具合が悪くなっても、誰にも相談せず、トイレに行くふりをして薬局に行き薬を買ったりしてしまう。そんなところに気を張っても、例えばもし行った先でものすごく具合が悪くなって立てなくなってしまったら、そんなときはかえって職場に迷惑をかけることになる。でも私は、「薬局に行ってきます」と言えない。言おうかどうしようか、ものすごく悩むくせに。

 

 

 

 

ここからはただウダウダ自己分析をするだけなんだけど、私の「言えない」が病気のせいではなくて性格であると仮定して、私がこんなに実生活で追い詰められたのは「言えない」この性格のせいがかなり大きいと思う。

 

母親に対して、自分が辛く思っていることを言えなかった。だからここまで追い詰められて、実家にいるよりも楽になれると信じて家出をした。「言えない」は言いたいことを飲み込むことも多いけど、「言わない」であることも多い。

 

例えば、友人の考え方が私的にはおかしいな、間違っているなと感じても、基本的には「言わない」。中学生くらいのころは遠慮なく説教をかましていたこともあった。嫌われるか、信者のような友人になるかの両極端なのでやめてしまった。私の説教のキツさは母親ゆずりだしね。それが面倒でやめたというのも、私自身にそこまでの情熱がないということもある。丸くなったとも言える。

 

現在では、本当に親しい友達にも、疑問に思った点を指摘をすれど、なるべく私の中での回答を押し付けたくないから、本人がどう思っているのかを引き出せるように喋っているつもりなのだ、これでも。

 

 

以前私の苦手なひとがツイッターで、「とにかく黙っているひと、サイレントマジョリティが許せない。なんの意見にもならない、流されているだけ、毒」みたいなことを書いていて、ああ、あらためてこの人きらいだなあと思った。多分その人は本当に努力の人で、昔は弱くて流されやすかった自分をここまで変えていった、という自信でなりたっている(本人がそう言っていた)ので、そう思うことは素晴らしいし正論なんだと思う。

 

ただね、私には、正論ばかりを周りにあてはめてその型にはまる人を大切にして、そうでない人は自分にとってはどうでもいい人、という主張に聞こえてしまうのだった。だからその人は悪くなくて、うがった見方の私が悪いのだろうなと思うけども、私だってきらいなものをはっきりきらいと言うだけの意思は残っていて(むしろヘイトだらけなのも問題だが)だから、分かり合えないな、と私は黙って去っていく、それだけなんです。(ちっとも黙っていない)お前がきらいだ。

 

私の母は本当に超正論マンだけど、もうその正論ぶりは全人類に対して発揮されているので、博愛で、すがすがしい。だからなおさら都合のいい(私にとって?)正論マンは許せないのだった。私はどこまでいっても結局母の子であることからは逃れられない。

 

病院に通っていることを今話すのか、おいおい何かの拍子にバレるのか、私にとってはどっちとも苦しい問題だ。

 

もし母だったら、「どうしても親にバレたくない嘘があるなら死ぬ気で墓までもっていきなさいよ」と言う気もするし、「私のせいだって言いたいの?」とキレるような気もする。でも「本当に今までごめんね。そんなことになってるなんて思わなかった」と言ってくれるような気もするのだった。

 

そして私は、返事がどれであっても傷つく。きついことを言われたら当然のこと、優しい言葉をもらってもまた母を苦しめてしまったと自分を責めてしまうのが分かっている。

 

だったら、言わなくてもいい、と思ってしまう。そのせいで私がどこまでもひとりぼっちのような気持ちをひきずるのだとしても。

 

それにしても、今度はどんな嘘をつけばいいのだろう。

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