躁鬱主婦日記

アダルトチルドレン、双極性障害。漫画家になった。

モモと時間泥棒

12月になった。いつも人々は「もう12月!?1年て本当に早いね」と言うけれど、私はその実感をもったことが23年生きてきて1度もなかったりする。

なんというか、時間の過ぎるスピードが体感で一定というか、「あ、もう11月なんだ」とか「あと何ヶ月で2016年が終わってしまう!」といったことで焦りを感じたことが全然ない。

「楽しい時間は過ぎるのが早い」とか、「つまらないと時間が長く感じられる」というのも、あ、これがその感覚かな?と思うことはあったんだけど、でもよくよく考えてそこまで差があったのかと思うと不明だ。そんなにはっきり違うものなのですか?

 

前に両親にそういう話をしたら、「どうしてそう思わないの?真剣に生きてないからじゃない?」「そんなに楽しくないの?」みたいな感じで非難を浴びた。私たちはこんなに良い環境をあなたに提供しているのに、といった暗喩も含んでいた気がする。でも本当にわからなかったのだった。

例えば2週間くらい前のことをぱっと思い出したときに、「あ、もうあれから2週間も経ったんだな」という感覚を持つことはある。でもそのあとすぐに、その間2週間にあったことを思い出すと、特別時間の経過が早かったわけではないな、という結論に達するのだ。別にそう思う人に対して揚げ足をとりたいわけじゃなくて、本当に全然その気持ちが理解できないのである。

 

ちゃんと仕事をした日も、休みの日でのんびりと過ごしても、私にとって過ぎる時間のスピードは一定なのだった。

 

でもこの間見かけたツイートで、「小学生のころの昼休みは20分しかなくても校庭に出て遊んでいた、でも今では1時間の昼休みが同じくらいの長さに感じられる気がする」というのは、たしかにそんな気がした。

前にテレビかなにかで見た情報なのだけど、0歳から20歳になるまでの時間経過の感覚と、大人になってから死ぬまでの時間経過の感覚はほとんど同じであるというのだ。これは科学的にも証明されていることらしく、生まれてすぐは時間経過にあまり慣れていないため時間が経つのがゆっくりに感じるが、年をとるごとにどんどん慣れていき時間が経つのが早くに感じていくらしいのだ。

とするとやっぱり、小学生のころの昼休みの体感時間と、成人してからの昼休みの時間の感覚が違うということも納得で、私もちゃんとその差を感じ取れているのだから、そのうち「もう12月なのか」と感じられるようになるのかもしれない。

 

 

ひょっとしたら人よりこういう感覚が鈍いのは何か理由があるんじゃないかと思う。今日は、昨日病院でもらった、気分の浮き沈みを抑える薬を飲み始めたばかりで、別にぼーっとはしていないのだけど、いつものようにひっきりなしに思考が頭の中をぐるぐるしている感覚がまるでなく、すこし退屈なように思う。

眠る前に不安感におそわれて、もう一錠の「不安感を抑える」薬も飲んでから眠ったんだけど、確かに不安感とか空っぽな感覚はなくなったけど、今までそれが確かに存在ししていて、私の時間はそれに支配された妙な充実というか、そりゃ悲しかったり辛かったりできついに決まってるんだけど、それにあてられていた時間がなくなったから、よくわからないけど少しだけ、ほんの少しだけ退屈になったのだった。

こういう喪失感があったときは不安感や悲しさとかもセットになるものだけど、薬のせいなのかそれがまるでなくてちょっと不気味だ。

このほんの少しの退屈が、時間の経過を鈍らせているような感覚がたしかにあって、だとしたら、私が今まで時間経過の感覚が鈍かったのは、心が不安感に支配されていたからかもしれない。

あくまでただの憶測で、確定的にそう思ってるわけではない。

 

 

昨日病院に行ったときも思ったんだけど、一体どこからが病気やら染み付いた考え方のせいによるもので、どこからが自分の性格によるものなのかが分からなかったりする。

もちろんはっきりと「どちらがどちら」とカテゴリー分けできることのほうが少ないと思う。薬を飲んで何かが楽になったとしても、薬をのむことで違うことが浮き彫りになるのが、いいことなのか悪いことなのか、私はすぐに結果を求めすぎていると分かってはいるものの、少し混乱している。

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