読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

定まらない日記

身の回りのことを書きます。アダルトチルドレン、双極性障害。

この真っ黒な感情に

はてなブログにはどんな検索ワードでこのブログにたどり着いたのかわかる機能があって、この「定まらない日記」にアクセスしてくる人で多いのが「恋愛 気持ち悪い」とか「恋愛 私には無いだろう」みたいな人だ。

1つ前の記事なんかだと、いわゆる時事ネタ(ネタとは思っていません、あくまで言い方)が含まれた記事だったから、検索ワードで多く引っかかって閲覧数が伸びたんだけど、私は別にたくさんの人にブログを読んでほしいという気持ちが無くて、むしろ「恋愛 私には無いだろう」と検索して「この人の気持ち、私と似てるかもしれない、でも堂々と外で言えることじゃないよね、だからブログに書いてるんだろうなあ」と思ってくれる人に読んでほしい、もしくはいると信じて鍵などはつけないわけなのです。

 

mmdiary.hatenablog.com

mmdiary.hatenablog.com

まあ、私の書く文章は感情に任せて書いているとついつい長文になっちゃうから、たまたまアクセスしてくれても、最初から最後まで読むような人がいるとは思えないんだけど。「恋愛 気持ち悪い」と検索してきた人は自分が恋愛することが気持ち悪くてやってきたのかもしれないし、私と同じように「人の恋愛話を聞くことが気持ち悪い」と思っている人なのかもしれない。まあそればっかりはサポートしかねるというか、見たいものが見られなかったらごめんね、他をあたってね、くらいのものだ。

 

ただ、そうやって自分の抱えている感情をつい検索してしまうという行為が、私もそうだから愛おしく感じる。愛おしいというとかなり大袈裟かな。でもなんか、味方したくなる。

 

恋愛をしようがしまいが、その人個人の根本的な孤独にはあまり関わりがないと私は思っていて、恋人というのは心も体もかなり自分に近いところに居てくれる奇跡のような他人という要素があり、孤独を慰めてくれることもあれば、より孤独を助長することもある。恋人がいないということもそれと同じだ。一度も恋人がいたことがないという人には、それが同じだということはわからないかもしれないし、ひょっとしたら私が「同じだ」と思う人種であるだけの可能性も否めない。

 

私は孤独を感じやすい人間だと思う。「みんな結局同じようなことで悩んでいたりするんだよね」という感想をよく聞くし、それはそうだなと思う。反面、私は人よりも気分転換が下手くそで、「悩んでいる内容が同じ」でも「悩んでいる時間は同じ」ではないんじゃないかと思ってしまう。長く悩んだからいいってものでもないのはみんな知っていることだろう。悩んでも仕方の無いことだから悩むのをやめよう、とする前に、この真っ黒な感情に誰かの承認がほしい、だから誰にも言えない気持ちを検索してしまうのってなんかもう、現代の孤独ここに極まれりって感じで、だからそんな感情任せのキーワードでここに一瞬でもたどり着いた人がいると思うと、妙に勇気付けられる。

 

ブログを書いている間の孤独はけっこう心地いい。検索して自分が思うような気持ちにたどり着けなかった時は、自分で自分の思ったことを書きなぐってネットの海に流してみればいいと思う。

多分誰かに許してもらうより、自分で許せるようになることが1番自分が救われることなんだと思う。私も今、自分で自分を許す練習をしている。

 

「この真っ黒な感情に」って既視感強いなと思ったら、今流行っているあの映画をもじってしまっているなあ。あれ見たいんだよね。貧乏すぎて行けないけど・・