読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

定まらない日記

身の回りのことを書きます。アダルトチルドレン、双極性障害。

甘え

雑記

心療内科の予約をした。

しかし初診は11月末しかもう予約ができないそうで、11月の30日になってしまった。遠いな〜。人気の医院みたいだけど。

せっかく人に「ここがいいよ」と紹介してもらったし、なるべくそこに行きたい。

 

でも私より急を要する心の問題を抱えてる人は1ヶ月先ですとか言われたらどう思うのかな。それより先に死んでしまうこともあるかもしれないよな。まあでもそこまで追い詰められていたら、逆にすぐに病院に行きたいと思えるかは個々の性格の問題になるだろう。

私は出不精だから、むしろ来週なら予約がとれますよ、とか言われてしまったらどうしようかと思っていたからいいんだけど。なんでも先延ばしにする方だから、予定とかはできるだけ先がいい。

 

最近は電車にもなかなか乗らないし、行動範囲がものすごく狭いから、少しだけ遠出をしようにもいちいち勇気がいる。一応人に会うという名目だったら目的地にたどり着くことはできると思うんだけど、自分1人のためにそれができなくなった。もちろんお金がないというのはあるんだけど、それにしたって、前なら観たい映画くらい安い日を狙っていくらでも映画館に行っていたと思うのに。突き動かされるほど観たいものがないと言うのはあるんだけど、もっと何か、歩いていて自分の存在を恥ずかしく思う瞬間がある。

ただ電車にのってどこかに散歩にでかけたりしても空虚な自分自身になんの影響もしないだろう、と思っているところがあって、散歩をしていても悲しくなってしまったらお金の遣い損だよな、と思って引きこもっているところがある、というか…。

 

病院で診てもらって、「あなたのは病気じゃないですよ、甘えです。性格が悪いのはもとからですよ」と言ってもらえたらむしろそっかあ、私はただのダメ人間なんじゃん、と受け入れられるかもしれない…といったことを書いて、まだかわいそうと思われたいのか自分は、とも思うし、さらにこういう思考回路の自分にうんざりする。私は本当は私のことを許してあげなくちゃいけないと毎回思うんだけど、そのたびに一連の逡巡を繰り広げなくてはならないのだった。

 

どうしてボクには仕事がないんだろう―もう笑っちゃうしかない下流生活

どうしてボクには仕事がないんだろう―もう笑っちゃうしかない下流生活

 

 今この本を読んでいるんだけど、この人はうまく就職できず、コールセンターのテレオペとして生活していたら鬱になってしまい、仕事をやめた。母親、父親とも一緒に暮らしていなくて、宗教にはまっている父親にお金を借りて生活している期間があったりと、けっこうしんどい内容だ。文体は軽いし読みやすいエッセイなんだけどね。

こういうのを読まなくてもそう思うけど、下には下がいるなあ、と思う。生活環境が、という意味でもあるし辛さの度合いでも。

 

おとといず〜っと会社の辞め方を模索している友人Iと少しお酒をのんだら、「Kは真面目すぎるし耐えられすぎるんだよ、そりゃ下には下がいるけどKの辛さは別に変わらないし、下の人を見てまだ下がいる、がんばろうと思ったって、下の人たちが困った時に助けてくれるわけじゃないし。全然気楽に過ごしてる上の人たちだってたくさんいるんだよ、同じくらい」と言われて、ああそうだな、それよく聞くよな、と思いつつも嬉しかった。

Iという友人は、私になぜか尊敬の念みたいなものを持っている人だから、私にいつでも甘く優しいんだけどね。会社、円満に辞められるといいね。

 

 

それはさておき、またしばらく仕事にいけていない。これは多分本当に甘えなんだと思う。どの職についても、私は最初の5日間くらいから若干体調不良を起こして、必ず1日休む。職場のひとが心配してくれることに味をしめて(?)、また少し経つとどうしても行きたくなくなってまた休む。そして頃合いを見計らって辞める。というのをここ1年繰り返している。去年の11月に新卒で(アルバイトからだったけど)入った会社を辞めてからは、もう3箇所目だ。その間にインターネット上だけで完結する仕事も合わせれば、4、5箇所くらい仕事を変えていて、就職する気は正直あんまりない。多分自分自身の問題を解決しないとどうにも通えそうにないなと思ってしまっている。

今回の勤め先は家からも近いし、人間関係のしがらみも少なそうだから、きっと週に3回くらいなら通えるだろうと踏んでいたのだけど、ここまでくると自分もさすがにダメ人間だなあと思う。

中学生くらいから授業をサボりはじめ、高校は通うこと自体は楽しかったのだけど授業を無意味にサボるのをやめられなかったし、遅刻回数も学年で2位だった。専門学校に入ってから、がんばっていた時期もあったけど、文化祭をリーダー役としてがんばった反動で(そう思っているだけ)2年生の後半から1ヶ月くらい授業に出なくなったりして単位がぎりぎりだったこともあった。そこからは少しずつサボりがちになって、友人から心配されることも多々あった。

 

私は中学くらいからの積み重ねでがんばることができない。人にとって辛いけど当たり前の「毎日同じ場所に通う」ということがそもそも全然できない。毎回「今度こそは」と思うんだけどいつも同じ感じで行けなくなってしまう。学校なり職場なり、行った場所に楽しさを感じるということが少ない。もっとも職場なんてすぐにやめてしまったり休みがちだったら楽しさを感じるところまでいけないのも当然だと思う。ちゃんと通っている人でさえ「楽しさ」を基準にしているわけではない人がいっぱい居て、やっぱり私のこれはどうしようもない甘えなんだと思う。いつまでたっても正せないし。正せないのはあるときは親、あるときは恋人にすがって生きているからで、完全に自分の金で生活しなくては死ぬ、というところまでいかない限り、私はずっとこのままなんじゃないかと思う。

 

仕事にやりがいを感じて、仕事に生きることに憧れはある。新卒でアルバイト入社した会社は、残業も多くたまには休日出勤しなければならなかったけど、仕事の内容は私なりに満足していたし、それなりにプライドを持って働いていたと思う。だから8ヶ月も続けていられたんだと思う。8ヶ月「も」なんて、かなり情けない話だよな。

この「情けない」という単語は母親を思い出す。ほんとうにしょっちゅう言われていた。だから思考が「情けない」ままで固定されてしまったんだ、なんて思ってはいない。自分の行動の結果が今の自分であると、これは本当にそう思ってるつもり。

 

趣味らしい趣味や熱中できる何かがあればまた違ったとは思う。何か趣味が欲しいな。お金がいらない趣味はそこそこやりつくしてしまった感があるから、お金がかかるアウトドアな趣味を探さなくちゃいけないんだと思う。

 

ただつらつらと思ったことを書いているだけなのに、あっという間に3000字くらいになっていてびっくりする。昔から国語は人より得意で、作文の授業はみんな嫌がったけど私は好きで張り切って書いたし、賞をもらったこともあった。恋人のAは、私から見てかなりちょっとした言い回しなのに、と思うようなことでも文章をひねり出すのに時間がかかるタイプだから、多分私には文章をひたすら生み出す才能があるのかもしれない。ライター業もちょこちょことやっていたことがあるが、まあ、没頭はできるけれども飽きずに続けていくことは難しいかな。在宅だとサボってしまうときもまま、ある。