躁鬱主婦日記

アダルトチルドレン、双極性障害。漫画家になった。

私は自由だ

朝起きてぼんやりニュースを見ていたら、断崖絶壁から海への飛び込みをする選手権が開かれていたようで、どこかの外国の人が優勝していた。ぐるぐる回転して着水する、その美しさで順位をつけるらしい。

 

最近けっこうな頻度で思うのだが、「この人はどんな人生を送ってこうしたいと思ったんだ…?」と思う。飛び込みとか、テレビで特集されるスタントマンとかのビックリ人間系に対しては誰でも一度は思ったことがあるだろう。

それだけではなくて、わりと一般の人に対しても同じことを思うことがある。どうしてこの人は今こういう行動をとったんだ?どうしてこの人は私にこのような質問を投げかけてくるんだ?

 

こういう疑問って答えはないけれど、数ヶ月前の私と比較すると良い兆候かもなと思う。数ヶ月前の私は、他人の考えがどうであれ全く興味が持てなかった。ただのノイズだった。

 

ただ流されるままに生きてきたとしても、流されることを選択したのには何か理由があるはずだ。もちろん、「これをやろう」と思ったからには、それをやろうと思ったなりの理由が。

 

私は今23歳で、ほとんど引きこもりに近いフリーターだ。稼ぎもべらぼうに少ない。1年前まではデザイナーとしてそれなりに仕事をしていたし、続けていけばまあそれなりのデザイナーとして食いっぱぐれることはなかったかもしれない。

でも私は、1年前すべてが嫌になってしまった。家庭のこと、仕事のこと、今までも何かを急にやめるくせがあった。1回嫌になると、仕事だろうが交友関係だろうが、突発的な衝動でやめてしまったり、関係を切ったりしていた。

私はそんな私にはウンザリしていた。なのに原因もわからず、自分の力で止めることができなかった。

 

そんな私が、ニート期間に、とにかくこの現状をどうにかしなければと思い、いくつか精神的な内容の本を読んだ。自覚があった母親との間の問題について書いてある本が、私にひとつの回答をもたらした。

毒になる母親

毒になる母親

 

 

私は、「子供の頃のトラウマを克服できずに大人になった」アダルトチルドレンであるということだ。このブログも、私を知っている人がだれもいない場所で好き勝手に自分のことを書いて整理するために始めた。

 

母親との関係のせいでこうなってしまったというのは、正直逃げであるかもしれないとも何度も思った。だって、自分の人生だ。どこまでいっても、責任をとるのは自分でしかない。その事実はアダルトチルドレンのことを知ってからも私のことを苦しめた。

でも、本に書いてある内容があまりにも自分とかぶる。読んでいると過去のことが溢れるように思い出されて、同時に涙が止まらなくなる。これは、「そういうふう」に育った人間にしか理解できない感覚だと思う。

知り合いに「私はアダルトチルドレン」と言うことも、理解を得られると思わないほうがいいのだろうなと思う。昔から孤独を感じやすいほうだという自覚はあったが、私は本当に、「理解されることに期待しない」ことがこんなにも孤独なのだということを思い知った。

 

それでも、しばらく休んでいたツイッターで、大体ざっくりと、自分がアダルトチルドレンなんだと思う、ということを告白した。別に何が変わるということもなかったし、「いいね」をつけて受け入れてくれた人もいた。私が思うよりも世界は優しいのかもしれなかった。

 

アダルトチルドレンとして、私は私のなかにある問題の輪郭を初めて捉えることができたが、解決していくにはこれから長い時間が必要だと思う。家族との問題を抱えた人の最初の回復のステップが、「家族と距離を置く」である。

私はこれを知るよりも早く、家族との距離を置くことに成功していた。ほとんど無理やり、恋人Aと暮らすことを決めて、実家を飛び出した。同時に仕事もやめてしまった。かなりの荒療治だった、家族のことで悩まなくてよくなった代わりに、振り切った家族のことを考えて胸を痛め、自分自身を責める日々。私は今より幸せになるために行動したつもりだった。でも、しばらく私は塞ぎ込み、恋人Aのヒモとなって生活した。

 

恋人Aにはとにかく迷惑をかけた。でもAは私に優しかった。Aは本を読みながら泣く私をなぐさめ、本の内容と、私の苦しみを事細かに聞いてくれた。私は今でもAの存在にずいぶん依存している。でも、これではいけない、とにかく自分を回復させ、どうにかしなければいけないという思いに、ようやくなった。

 

毎日消えてしまいたい、死にたいと思う。死ぬ方法を検索して、結局実行には移さない。私は3年半付き合って初めて、恋人Aを今よりも幸せにしてあげたい、という気持ちがわいている。ごめんね、A。相反する感情ばかりで、心が毎日折れそうになっている。

 

上に乗せたキャリル・マクブライド著の「毒になる母親」に書いてあったのだが、自己愛の強い母親に育てられた娘は、大体2パターンにタイプが分かれるらしく、ひとつが死ぬほどに努力して、努力しても努力しても虚しい思いが消えないというタイプ、もうひとつが何故か無気力で、自分の人生を台無しにする行動ばかりとってしまうタイプ。私は後者に当てはまっていた。

 

前々から自滅的なタイプだという自覚はあったのだが、家庭の問題と、どうしてそう育ったかというメカニズムがある程度あり、私の例がそれに綺麗にあてはまってしまうと、やっぱり私には問題があるんだということを受け止めざるを得なかった。

私が私の人生を台無しにしてしまうくせがあることをはっきりと問題だと自覚した今、もう私には人生を台無しにする行動はとれない。どうしたらこの無気力でやるせない思いが消えてくれるのか、台無しにしない別の行動をとれるのか、毎日そのことを考える。

 

 

私は本来自由だ。自分の自由を使って、引きこもりをしている。

私には私をどうにかする責任がある。何から変えていけばいい?不安でいっぱいだ。私のやりたいことはなんだろう。どうやってAと力を合わせていけばいいんだろう。私は23歳にもなるのに、5歳児のようにわからないことばかりで、本当に悲しくなる。

先月から何かしなければと思い、在宅のライターじゃない外に出る仕事についたが、この仕事も仕方なくやっている仕事だなという印象はぬぐえず、すぐにやめてしまいそうだ。

 

やめることがいけないことなのではない、私自身がとにかく無軌道で、どこにもなににも上手く交わることができないのが原因なんだよな。これからは、せめて週5日の、そして自分がやりたいと思う仕事を選んでみようと思う。そしてそこである程度まとまった年月努力することを覚えなければ。

 

早くお金を貯めて、セラピーにも通いたい。もう1人でどうにかするには精神が重たすぎて、どうしようもないのだ。

 

早く自由になりたい。今の私が本当に自由なんだということを自覚したい。それこそ何をしたっていいんだ。飛び込みの選手にだって、なろうと思えば、なれる。帰ってこないのは過去だけなのに、私は過去に囚われてばかりなのだ。

 

 

 

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