定まらない日記

身の回りのことを書きます。アダルトチルドレン、双極性障害。

恋愛話が気持ち悪いという話

そりゃあ誰でも人の幸せを素直に喜べることがそんなに多いわけじゃないと思うが、私の「他人の恋愛話嫌い」って結構異常な範疇なのでは…と思ってしまうときがある。私はとにかく、できるかぎり「人の恋愛話を避けたい」と思っている人間だ。例外はあるけど、それはただその人たちにすごく自分が好意的じゃないと無理。

 

人は恋をする。一緒の時間を恋人と過ごし、手をつなぎ、キスをし、セックスをする。2人の関係が「おつきあい」という段階から一歩進めば結婚もするだろう。家族になって、子どもが生まれたりもする。それってわざわざ「素晴らしい!」と言うほど素晴らしいことだろうか?いや、だれも素晴らしいと言えと私に強制したことはないけどね。

 

恋愛至上主義な少女漫画はたくさん読んで育ったし、世の中の流れというか、国家としても国民に恋愛をして子孫繁栄してもらわなくては成り立たないんだよ!という匂いは常にプンプンしている、気がする。

街行く人達に恋愛の匂いを感じ取ることなんて普通のことだ、手をつないで歩くカップル、おしゃれして出かける女の子。(デートじゃないかもしれないけどね)

恋愛は人生を輝かせる。私にも恋人がいる。もし今恋人がいなければ、恋人が欲しいと思っているタイプだと思う。他人の恋愛話は嫌いだが、「恋をしていない期間」は幼稚園児のころから無かったりする。「好きな人ができない」という悩みも世の中には多くあるが、私はその悩みに直面した経験はまだない。

 

なのに私は、ほとんど反射的に、他人の恋愛話を聞くのが本当に嫌だなと思ってしまうタチである。なんだろう、嫌じゃないときもある。例えば友人と集まったときに聞く近況で、恋人ができたよ、今度結婚するんだ、は、たまにモヤッときてしまうこともあるにはあるんだけど、ちゃんとお祝いの言葉を述べられる範疇。というか1人の人間としてだめだろう、そこは自己を抑えておめでとうくらい言えなければ。ぺこ&りゅうちぇるの2人は大好きだったりする。なんやねん。はっきりしろや。

 

私もツイッターとかに恋人の言った面白い感じのひと言をつぶやいてみたりすることもある。私の日常は恋人の存在が非常に大きい。3年半も同じ人物とつきあっていれば、恋愛相談をうけることもしばしばある。いや、これは付き合った年月がどうとかの問題ではないか。恋人という存在が初めてできる前から、恋愛相談を受けることはままあったのだし…。

 

それでもだ。ひとが動物として生きていて大体の場合、恋愛感情を持たないセクシャリティの人達以外って、み〜んな恋愛のことで持ちきり、というか恋愛話はいつどこでしてもオッケーなこの風潮、きもい…と思ってしまうのだった。

 

最近多い不倫問題に関してもそう。正直、ほっとけや!という見方よりも、社会的制裁を受けて欲しいと思ってしまう自分がいる。知りたくないことで世間を騒がせた、私の心をざわざわさせた責任をとってほしい、気持ちが悪い。と思ってしまう。

でもこの考え方異常じゃないか?勝手に誰かが出会って恋するなり恋には至らずとも肉体関係を持ったりって、私にはなんの関係もないこと。そもそも私の気持ちをざわつかせたのって報道にかかわる人たちでは?…だからそういう思いもあってぐちゃぐちゃと騒ぎ立てたりはしないけど、それでも胸の内には気持ち悪いざらつきが残る。その話題を気にしなくなるよりも早く、常に新しいどこかの誰かの恋愛の話題が入ってくる。

 

多分私が他人の恋愛話をできるだけ聞きたくない思いが強いのって、母にずっと恋愛の話をされていたことも少しはきっかけの1つにはいるんじゃないかな?と思う。母との問題をなんにでも関連付けてしまうのって私の悪いくせなんじゃないかと思うこともあるけど。

中学3年生くらいから、母親は外で飲み歩くようになって、私も一緒に行くこともあったし、そこで出会った人たちと母親の恋愛模様を、私は事細かに聞かされた。それこそセックスの話なんかも。当時は嫌な思いはしていなかった。家庭内でうっぷんの溜まった母が、少しでも幸せになるならそれでいいと信じていたから。

 

でも最近毒親関連の本をいくつか読んで、母親との間の問題のひとつに、「親の恋愛相談を受ける」という項目があって、笑ってしまった。私やん、それ。このことを知ってからというものの私の中で恋愛話嫌いに加速がかかったような気はしている。

 

あとしんどいのがSNSの恋愛系アカウント。ごめん。見れない。私は私で恋人の話をするくせに、けっこう理不尽なのはわかっているんだけど、「このひとのこういうところが好き」とか、「今日も好きでした、いつもありがとう」とかそういうのが見れない。本人に直接言えばよくないすか。なんで好き好んで自分のメスの部分オスの部分見せちゃうんだろ…という気持ち。本当にごめんね、異常なのは私なんじゃないかと思う。写真もきつい。ベッドにねころんだ2人の自撮りとか、そのタイミングで写真撮ろうとする気持ちが全然わかんないし、なぜSNSにあげてしまうのか意味がわからないっす。

 

本当につまんない奴だなと自分でも思うんだけど、最近は男女合同の飲み会での下ネタとかタイプの芸能人の話、からの「このなかでは誰が1番タイプ?」とかも反吐が出ます。ていうか、この話って全部「私が男が好きで恋愛対象は男である」という前提で進んでいるのがイヤなんだよね〜。貴様らと雰囲気エロトークで盛り上がるより可愛い女の子のほうが私にとっては性欲の対象たりえるので、(それはそれで気持ち悪いと思われても仕方がないですね)なんか正直お金ももらわずにキャバ接客をしているような気分になる。こういった会話が好きで盛り上がるほうの女子も気持ち悪いと思ってしまう。ごめんな、すまんな、私は家にいますから、あとは勝手にやっててくれ!!

 

「彼氏いる?」から付随する会話もほんとうに辟易。「いない」と答えれば「ほしくないの?結婚はいつごろしたいの?」「知り合いで彼女ほしいやついるんだけど、紹介しようか」。あのねえ…。本当にそんなやついる?って思う方は幸運だと思う、ゴロゴロいます。「彼氏いる」と答えようもんなら質問攻め。なぜ私のことも何も知らないのに恋人のプロフィールを知って私を把握した気になっているんだろう??とにかく、恋愛に関する話題、少なくとも私の周りって今までそんなのばかりだった。私という人間の質の悪さが呼び寄せるのだろうか?自分を疑いたくなるくらいに。

 

 

しかし、ひとの幸せを素直に喜んであげられない自分に情けなさを感じる日々である。いいじゃないか、今日も君と居られることは奇跡、と心の底からそう思える人のほうが、幸せを感じる数値はきっと高い。

だけど心の内側では恋愛の話を堂々とするひとたちへの嫌悪感がどうしても勝る。なんなんだろうなあ、これ。しんどくなるから無視がいいということは学んだけど、もっと人間としてのグレードを上げて、他人の幸せを心から喜べるシステムを自分で構築したほうが、双方幸せだと思うんですけど。