躁鬱主婦日記

アダルトチルドレン、双極性障害。漫画家になった。

薬を少し減らしてもらった

また先週Aに病院に行ってもらって薬を取ってきてもらった。

 

鬱がやってきたのかと思うくらいの眠気、長時間の睡眠は薬を急に一錠増やしたせいらしく、それを半錠にしてもらったら大分シャキッとしてられるようになった。

 

それまでの1日のスケジュールが、大体夜の2時ごろに寝て、夕方の4時ごろ起きだし、洗濯やら料理やら掃除やらの家事を終えて、あとは趣味の絵を描く、それでAが夜11時に帰ってきて、しゃべったりテレビ見たりお風呂に入ったりして、2時。

 

というのを繰り返していて。やること自体はそれなりにこなせるだけの時間はあったし、趣味もできたけど、起きてる時間がとにかく人より短いから「えっもう水曜日!?」とかそんな感じ。働いてもいないのに1週間が早かった。

 

起き抜けすぐに銀行に行かないと時間外手数料取られるから支度しなきゃ〜〜でも洗濯も今しとかないと!みたいな、夕方に起きるしかないときのせめぎ合いがちょっと面倒。

 

Aに「家事手伝ってくれるっていうから期待してた」と正直に言ったら、気づいたらコップが洗われていたりとか、お風呂の排水口が綺麗になっていたりして、伝えて良かったなと思った。

 

前にAのおばあちゃんが言っていた「言いたいことはその場で言いなさい」を思い出す。本当に、私はついいろんな可能性を考えすぎて口を噤むことが多いけど、それって相手のことを信頼してないってことなんだよね…。

 

いつもより少し前向き。相変わらず薬を飲んですぐは胃の中がぐるぐるしてめちゃくちゃ気持ち悪いし、睡眠薬飲んでも大して眠れない日もあるけど。家事と趣味だけはなんとかなってる。だから今はこれでいいかと思う。

 

ここで母がいたら「子供はいつごろ作るの?」「薬はいつ減らしてもらえるの?」「いつまでにどのくらいお金を貯めるの?」って先の話ばかりになると思う。私の脳内での母はそうだ。私はそうやって育ってきたから、先のことを考えすぎるのが普通だと思ってたけど、どうやらそうじゃない人も多くいるらしいってことを知ったのは本当に最近。

 

 

先週の土曜日は私とAの結婚を祝いに友達が三人来てくれた。今週も三人、別の子たちが来てくれる。嬉しいな。また部屋掃除して、届きすぎるハチャメチャな量のお中元を1人で処理する。

 

もう明太子は食べ飽きた。メロンもあと3球もある。

なんかモヤモヤする

体調自体は良くなってきたけど、メンタル的には少し調子悪いっていうか…

 

ずっと絵を描くのが趣味だったしそれしか見てなかった自分に呆れることもあるんだけど、今みたいに家にひきこもってできることだから感謝してる部分もあるし。

 

先月の初めから毎日絵を1枚は、どんなに適当でもいいから描くっていうのを続けてて、まあダイエットじゃないけどマンネリ期が来ていて。そもそも躁鬱なわけだから絵の調子依然に体調とか心の変調が常にあって。

 

もちろん5月1日から1日1枚絵を描くのを続けられたこと自体は良かった。私にもできること、続けられることがあるんだって気持ちになれて、前よりも前向きになった気がするし。

 

でもやっぱ漫画なんだよな。私がやりたいことって。絵を1枚1枚仕上げて作品にしてくことじゃなくって。それ自体も中途半端にしかできないし。

 

すげー性格悪いこと言うと、どうして私より絵が下手なのに、1ページ漫画のようなそうでもないようなものをアップして、フォロワー数千人とか、ほんとなんで?って思っちゃう。

 

すぐそのあとで、結局フォロワーが何千人居ようと、書籍化しようと何しようと、お金は入るかもしれないし知名度は上がるかもしれないけど、本人自体の孤独とかそういうものはなんも変わんないんだよね、と思い直す。多分。経験則ではある。

 

来月からはもうちょっとアプローチを変えてやってかないとダメだなあ。1ページ漫画を毎日は無理でも、たまには漫画をあげるようにするとか。その間は写真見ながら絵の練習したものをアップするとかかなあ。

 

本当に、家に引きこもってできる趣味で良かった。でもまあたまには体調のことを気にせずに外出したいけどね。こんな体やだなあ。

 

最近体重も結構減った。3キロ…?まだ全然、もっと痩せてる女の子いるけどねってくらいのもんだし、私も痩せられてラッキーくらいにしか思ってないけど、やっぱちょっと病的な痩せ方っていうか、頬からこけていくような。目元も落ち窪んでクマができてるし。

 

最近Aも仕事が忙しいのもあって、結婚する前よりも私のことを心配してくれなくなった。「なんで体調悪いのに絵描くの?」とかで言い合いになることもあったし(解決済み)

 

Aは帰って来たら即新しく買ったゲームソフトを始めて、家事は手伝ってくれない。私自身が体調面で元気ならいくらでも家事やるけど、溜まった洗濯物、回してくれるとか、せめて自分が明日の昼に食べる弁当くらい自分で詰めるとかしてほしいんだけど…

 

誰の金で生きてるんだっていうね。だから私も黙ってやるけど。でもそれは「がんばり」とか「思いやり」の域の話であって「やってあって当たり前」じゃないのね。

 

そういうのもあってとにかく不調です。

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具合悪い

先週からの体調不良をいまだ引きずっている。

 

まあ前よりはマシではあるんだけど、やっぱり多少元気に外出できていたのが、外に出られない、行ってもコンビニくらいになるとコミュ障が悪化する…。

 

少し前に元気だったときも、やっぱり長時間の外出とか、いっぱい人がいるところ、行ったことのないところに行くと、お腹下したり吐いたりということが続いてたんだけど、それでも楽しい予定はちゃんと楽しめてた。

 

最近は鬱と躁鬱の違いについて思うところあったり。知り合いに鬱の人が何人かいるけど、やっぱり躁鬱の人よりも段違いで考え方が暗い感じなのね。私だって暗いこと考えるけど比じゃない。つらいだろうなと思うし、似たような病気だと思ってても分かりあうにはそれなりにハードルがありそうな感じ。

 

だから躁鬱と呼ばれていたこの病気が双極性障害と呼び方を変更したのもうなずける。

 

幸い今週は予定らしい予定を1つも入れてないから引きこもっていられるし、Aの弁当作り、溜まったら洗濯機を回す、お皿も同様、というように家事のペースをゆるめてのんびりするように心がけてる。

 

Aに代わりに病院に行ってもらって薬をもらったけど、飲む量が増えてた。ピルと合わせたら1日に10錠も飲まなきゃいけない感じ。うーん、薬減らしてく方向でやってたけど、やっぱりまだなかなか難しいのかな。

 

実家との折り合いもまた少し悪くなって、こっちから連絡するのもなーという感じだし。

 

何回か話し合って理解した部分も理解された部分もあるけど、私の方が、昔の記憶がフラッシュバックするから母親が語気を強めるともう今すぐにでも逃げ出したいと思ってしまう。たとえそれが私のために言ってくれているものだと頭ではわかっていても。

 

でも今までの長すぎるお説教とかだってそうだよね。私のためを考えて過剰になってただけで。でもそれを「自分が娘にたくさん愛情をかけて育てた」記憶の一部になってるんじゃないの?と思う。

 

距離を置きたいけど、妹たちには会いたいなあと思うし、月末に行く予定だったからおみやげも買ったのになー。

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仲直り

あんなに引っ越せと激昂していたお義父さんでしたが、ケンカした週の水曜日に帰ってきて、自分の息子であるAと話し合って、仲直りしました。

 

Aは結婚を反対されると思って、今まで1年も私の病気のことについて黙っていたそうで、私が聞いたときは「父さんにもちゃんと説明したよ」と言っていたからそれで安心しきっていたのですが、それがダメだった…。

 

私がしんどくて眠っていたときにお義父さんが帰ってきたらそりゃこんな時間になんで寝てるんだとか思うし、昼間の荷物が受け取れなかったときとかも何回もあるわけで。皿洗いとかが滞った時期もあったし。

 

私が私でちゃんと説明しとけば良かったんだけど、お義父さん家に転がり込んで無理やり住み着いてしまった手前、最初の挨拶、あと帰ってきたときの「おかえりなさい」くらいしか言えてなかった。

 

お義父さんの邪魔にならないように帰ってくる前にリビングは開けておいて、午前中に掃除しておく。夜はAと私の部屋にひきこもっておくことが、お義父さんの暮らしを邪魔しない気遣いだと思い込んじゃってて、それはそれでネガティブな気遣いだなと今にして思うし失礼だとも思うけど、本当にそうとしか考えられなかった。

 

それなりに礼儀に厳しい母に育てられたのに私がしているのはなんて失礼なことなんだろうと思うと怖くて、暮らしていても息をひそめるような生活だったから、正直お義母さんの家にいけるのは今後のことを挽回するチャンスだと思ってしまって。

 

これもよくあることで、私はすぐ人間関係をリセットしようとするから。

 

でもお義父さんとAが仲直りしてくれて、そのときに現在の経済状況と、私の病気の状況を説明したら、お義父さんが「Kちゃん、今までごめんな。AがKちゃんかばうために黙ってたみたいなんだけど誤解してた」と言ってくれて、私も今までのことを謝りました。

 

一応今は家族として扱ってもらえていて、家族のグループラインもあるし、それぞれの予定を聞きあってお休みの日はみんなでカレーとかカツ丼作って食べていて、Aにとっては親は離婚していて戸籍のつながりはないけどお父さんで、私にとってはAは元々他人だけど運良く夫になるまで、ここまで来られて(それが当たり前か結婚というやつは)

 

なんだか不思議な家族ができあがったのでした。

 

AはAで自分のお父さんに対する子供の頃からの不信感が抜けきっていないみたいで今回のことを招いてしまったし(反省はしていた)普段から家族にはものすごく説明が足りなくて言葉少ななんだけど、最近はコミュニケーションを自分から取ろうとしている。よかった。

 

私も家族に対して言葉が少ないタイプっていうか「どうせお母さんは私の話を聞いてくれないだろう」って気持ちがずっとずっとあるから分かるよ。本当のこと言って否定されたらもうがっかり通り越してもうダメだとしか思えなくなっちゃうもんな…

 

私の方からも、Aの説明が足りてないなと思ったところは手紙にして、あと私の方からも謝り足りてないところとか書いて、お義父さんのお部屋に置いときました。読んでくれたみたいで、直接その手紙の話はしなかったけど、伝わってるなと思う出来事があったから良かった。

 

 

 

お義父さんとAがケンカしていた四日間の間に、私たちは9割がた荷造りを終わらせてしまっていて、Aは落ち込んで私に謝ったり急に思い出して怒り出したり、完全に情緒不安定に陥ってた。

 

仲直りしたのはいいけど、また急ピッチで荷ほどき。これが病気に良くなかった。荷造りも全然休まずにやって、荷ほどきも全然休憩取らずにハイになってやってたら、完全にタガが外れておかしくなってしまって、今躁状態

 

何食べても、食べてなくても吐き気がひどくてずっとオエオエ言ってるし、それまでは何時間かなら外出できていたのに完全に外出するのが嫌になって引きこもり。膀胱炎もストレスで再発。不正出血も20日くらい続いた。

 

あまり食べないから買い物に行かなくても食材もなんとか保ってるし、ハイになったときに野菜全部冷凍保存したからそのときの自分に助けられてる。でももう肉とか卵とかメインになるものが何もないから買い物に行かないとなんだよなー。しんどいな…

 

 

あと健忘がひどくて。前々から少しずつ物忘れが出てきてたのですが、ほんとにやばいことを昨日やらかしてしまって。2時間半もの間、フライパンを空焚き。はーー。

 

水を出しっぱなしにしたり、冷蔵庫を開け放したままにしたり、今まではそんなことやっててもせいぜい10分後には気づいていたのに。落ち込んだ。空焚きで火事になる例はそこまでないらしいけど、それでも火事にならなくて良かった。

 

てか今月のガス代!クソ!!

 

 

 

そして昨日また母とラインで言い合いになって。私が非常識すぎるそうで。書くの疲れたからそれはまた次回書く。もうなんか色々疲れた。いい方向に向いていってるとは思うけど、病気自体は良くなってない。

 

 

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絶不調

はーーこのあいだの事件?がよっぽどショッキングだったせいか、単に私が抜けてるのかは分かんないけど、ちゃんと毎日決めた時間に飲んでいたピルを3日も飲み忘れてしまって、今朝から不正出血だし気分最悪です。

 

心療内科でもらってる薬はちゃんと飲めてたのに何故…。

 

お義父さんからAのもとに来たラインを読ませてもらった。(私がお義父さんも言い過ぎたと思ってるんじゃない?謝っとけばと提案したから)まー私に対する不満がすごかったらしくて、「あんな子とは別れろ」と書いてありました。

 

お義父さんも私も人見知りタイプだなと思ってたしそんなに話してなかった私もわるいけども、そこまで溜まってたんならAに言うなりなんなりあったんじゃないのかなとは思った。

 

まあ住まわせてもらってたのはこっちだし、病気がきっついときに家事滞ってた日があったのは事実だし。でも納得はいってない。毎日掃除機かけるのが当たり前と思ってるタイプの人なら最初からそう言えよ。Aとの話し合いの機会も持たれず、私たちは1週間で追い出されるわけで。

 

最初は「もうおまえを息子とは思わん」というテンションだったお義父さんだけど、あとでやっぱり言い過ぎたと思ったんでしょうね、条件付きで「お前が我慢できるなら住み続けてもいい」とか、Aの他の兄弟に「Aと喧嘩してしまった」とかライン送ったりして、うーーん。

 

Aとお義父さんが喧嘩した後、Aは泣きながら私のそばに来て、かなりびっくりした。Aの涙は何回か見たことがあるけど、アニメで感動したとか、そんな理由ばっかりだったから。

 

しかも20分近くティッシュで鼻かんだりしてて、そんなことは初めてだった。たまに泣いても、一粒二粒の涙しかこぼさないのに。

 

私はその時初めて知ったのだけど、Aのお父さんとお母さんの離婚の原因は、子供に対する暴力が決定的な原因だったらしい。Aもそのことを思い出すらしく「親父が怒鳴ってるのを聞くと、手がふるえてすげえ悲しくなる」と。まる4年も一緒にいたのに、知らなかった。

 

Aも多分、お父さんに対する複雑な思いがあるから、兄弟でたった1人お父さんとよく会うことにしていたんだと思う。だから私のお母さんに対する複雑な「好きだけど…」という話をよく理解してくれたのかもしれない。

 

言い過ぎかもしれないけど、Aにとっては私のことをほっとけない、助けることがA自身を助けることにもなっていたのかもしれないな、とか思ったりも。まあそれはわからないけど。うぬぼれすぎかな。

 

お義父さんからAに「最後に聞く。マンションを出て行くのは元々Aに文句があったからか、俺にいろいろ言われたからか」というメールが来ていて、なんでお義父さんはAに対して、もともとこのマンションで暮らすことに不満があったと思ってるんだろう?と思った。

 

Aは「いろいろ言われたからだよ。Kちゃんのことも悪く言うし」と私のことをかばってくれた。

 

私は病気だし、体調不良も月の半分近いし、Aにいろんなことを我慢させてまで一緒に居て、妻にまでしてもらえて、そのことにものすごく負い目を感じている。お義父さんに対しても。

 

マンションに住まわせてくれてありがとうと思っていたし、その分、お義父さんが帰ってきた時は1人でくつろぎたいだろうと思って、なるべく存在感を消していた。

 

でもそれがお義父さんには部屋を貸してるのに無視されてるように感じたのかもしれない。

 

はあ。いろいろ思うところはあるけれど、自分が悪い部分もある。でももう直接会って謝る機会も持てなくて、会わないうちに家を追い出されるから、せめて謝罪の手紙だけでも置いていこうと思う。

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籍入れました

無事籍を入れることができました。

 

しかしその五日後、夫であるAとお義父さんが大ゲンカしてしまい、来週末にはこの家を出て行くことになりました。

 

つい5時間ほど前に決まったことなので、荷物の整理をしつつも眠れず…。

 

お義母さん方のおうちにしばらく滞在するつもりで、夫婦となったことだし荷物も置かせてもらおうと思うけれども、一緒に暮らすとなると、やっぱり私も闘病中で家事手伝いの限界もあるし、不安は強いです。

 

この変化が双極性障害にどう影響してくるのか、も不安。

 

やっぱり私って落ち着いた家庭を手に入れられない星のもとに生まれてきたのだろうか、なんてポエムじみたことまで考えてしまいます。

 

私は私で、病気といえども、人の家で居候している上にほぼヒモというやばい奴だったから、まあ反省するポイントはいくらでもあるし。それでも働きに出かければすぐ体調を崩すか精神的におかしくなるし。

 

双極性障害、という病気の認知度自体が低いし、ただでさえ精神病は甘え、とひとくくりにする人も多いわけですし、いろいろと不安はつきまといます。

 

もちろん病気でない人たちだって常日頃からいろいろな不安と戦って生きているんだから、とも思うけれど。

 

 

 

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食事会が終了

両親の顔合わせの食事会が終了した。ご飯もおいしかったし当日に生理が来たことはピンチだったけど痛み止めでなんとかなった。

 

どっちの両親も終始なごやかなムードで食事会を終えることができて、そこは本当に良かった。Aのご家族は「どうしてKちゃんはお母さんのことが嫌いなのかねえ」と言ったらしい。そのくらい大成功だった。

 

まあもちろん一度や二度会ったくらいでは私がどういう経緯で母に言いたいことを言えなくなったのか分からないだろうと思ったけど。

 

Aのご家族は、お母さん、おばあちゃん、お姉さんが来てくれた。あと2人Aには兄弟がいるのだけど、2人は仕事があって忙しく来られない、とのことだった。

 

うちの家族は母と、父。

 

Aのご家族は私が病気だということも知っている。食事会の終盤に、Aのおばあちゃんがこんなことを私に言ってくれた。「言いたいことは言いたいと思った時に言いなさい、どんどん自分の中に溜め込んでると、だんだん『私なんて…』と思うようになって、そのうち死にたい、と思うようになるんだよ」

 

その通りだった。泣きそうだったけど我慢してお礼を言った。Aの家族だって私のようなのと自分たちの息子が結婚することが不安だろうと思う。なのに私にそんなことを言ってくれるんだ。ごめんなさい、ありがとう。

 

Aと幸せになりたい。

 

 

食事会が終わった後、Aと私はそれぞれの家族を電車の路線まで見送ることにして、別れた。そこで母と父と立ち話になって、母はAのご家族のことをかなり褒めていた。Aのお母さんも乳がんを経験していて、離婚も経験していて、1人で4人の子供を育てて、なのにそんな苦労は微塵も見せない、強い人だと。私もそう思う。

 

母は元々、今回の食事会でAの家族が、私たちの結婚に難色を示したり病気のことに関して言って来たらかばってくれるつもりで来てくれたらしい。それもまたありがたい話だった。

 

でも、母は、「母の周りの人はみんなあんたの結婚には反対だよ、それなのに私達が食事会に来たってことの意味を考えて欲しい」と言った。

 

とくに叔母が私に対してかなりショックを受けているらしい。メールも冷たくあしらったから。でも私は、少なくとも今の私は、悪いことをしたとは思わない。絶対に謝りたくなかった。

 

それにしても母は、母だから私に、母としての厳しさを常に持っているべきと思っているのだろうけど、どう考えても言い方がきつすぎる関西圏の人なのだから、そのあたりもう少しどうにかならないものか。

 

「母の周りの人はあんたの結婚には反対」って、そりゃそうだろう、母サイドで母の話を聞いているのなら「私は反対だな」って言うに決まってるじゃないか。友達だろうと、親戚だろうと。

 

ましてや世の中だって。母親に冷たくする、母親を無視する、育ててもらった人にひどいことをするのはとにかく害悪なのだ。いくら私がどのような環境で育っていて我慢していようが、その程度の環境で我慢してきた人は大勢いるんだよ?何甘ったれてるの?そうなってしまうんだ。

 

本当は母にわかってもらいたかった。私が母に言いたいことやしたい話を我慢して、母の話ばかり聞いてきたこと。双極性障害は今の所努力で完治できると言い切れる病気ではないこと。少しストレスがかかっただけで体がおかしくなるほどには、脳が調子が悪いこと。一度ついてしまった脳のダメージは、目には見えないけど。

 

でもきっとわかってもらえないんだと思う。

 

母が乳がんで辛いことは理解してあげたいと思うけど、不公平に思う。

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