定まらない日記

主婦。アダルトチルドレン、双極性障害。

親の金で借金を返す子供

母親から受け取った結婚資金で私の借金を返した方がいいとAに言われた。

 

結婚した時に渡そうと思って、と言って母親が無理をして貯めた27万が通帳に入っている。奨学金、払えていない年金、保険料なんかを抜いて考えると私のしている借金は25万なのできれいに返せる。返せるのか?全部リボになっているので手数料がいくらかかるのかはわからないけど。

 

罪悪感がある。お母さんが必死に貯めたであろう27万を自分が生活費を捻出できなくて腐っていたときにした借金に充てるってどうよ。

 

Aと結婚指輪が買いたかった。シングルベッドがせますぎて二人とも体がバキバキだから大きいベッドも。

 

私が働いていないから悪いし仕方ないことだけど、世の中の幸せな花嫁がしていることのほとんどを私は経験することはない。今後ゆっくりお金を自分たちで貯めていけばいい話ではあるし、私もどうにかして現状を良くして働くしかないことはわかっているんだけど。

 

通帳と判子を受け取ったので母がいつくらいにどれくらいのお金を入金したのかがわかるんだけど、大体四年くらい前から、私が出て行ったあともお金を入れていてくれたみたいで、まあこの貯金には私が実家に送った分も入っているんだろうけど、それを思うと悲しくて。

 

実家を出て行ったことは絶対に自分に必要なことだったけど、妹も不登校になってしまったし、私の家族はみんな苦しんだし、でもあのままではいられなかったし、他のやり方を選べないくらい私は混乱していたし、しまいには病気だとわかったし、人生は取り返しのつかないことしかないんだなと思った。

 

借金返済のサイトなんか見ると「自分がした借金ですから自分でなんとかしないと、責任感がつかずまた借金の繰り返しになりますよ」みたいなことが書かれていて、なるほどなと思った。私もできるならそのようにしたかったので、Aに「10万くらいじゃダメ?」とか聞いたのだけど、今払ってるお金が手数料に半分くらいとられていてもったいないから、だったら全部払っちゃったほうがいいよ、と言われた。

 

指輪もベッドも欲しかったし。

 

Aには「Kちゃんの金銭感覚だいじょうぶ?」とか「まじでいってるならやばい」と言われた。まあ10万くらい返せば手数料減るし、もう少し支払いの金額減らして節約すればいいかなと私は思ったけど。

 

とりあえずAか私に何かあってまた病院に担ぎ込まれるようなことになったら、医療費が借金しないと一切出せないことがマズイと思ったから、全額この貯金を使うのはやめたいということをAにラインして返事待ち。

お化粧

コメントいただいた方、ありがとうございました。前の記事に直接お返事しておきましたのでよろしくおねがいします。

 

 

髪の毛を染めたことで、外に出るときは化粧必須になった。髪の毛だけ浮いてしまう。なので家にいて暇な時化粧をわざわざするのが趣味になりつつある。30分から40分くらいかけてゆっくりメイクをする。

 

今日はシェーディング用のチークと、きついピンクのアイシャドウ、かなりきらきらなブラウンのアイシャドウを買った。

 

前まではメイクはブラウンが基本色で、せいぜいリップにピンクや赤をもってくるだけだったけど、最近は趣味らしくベースメイクを何層も丁寧にし、アイシャドウやチークの色にこだわったりしている。暇な時間にメイクしておけば元気が出た時や思い立った時すぐに着替えて外に出られるのもいい。まあ、肌には当然負担なんだけど。

 

ブラウンでグラデーションを作るタイプのメイクは、ナチュラルに仕上がりはするけれど顔に劇的な変化もない。それは元々の顔のつくりのせいか技術が足りていないのか、今では多分どっちもだなと思う。

 

つけまつげをつけたり、アイラインを太めに描いたり、そんなことはしてきたのだけど、なんとなくおしゃれな服を着るし、外に出かけるから化粧しておかなきゃなくらいのもので、つまらなかった。

 

最近は「化粧をメインにしたい」という欲求が出てきたので少しづつ化粧品も替えて、今日に至る。

 

今日は上まぶたも下まぶたも新品のピンクのアイシャドウで囲んでみた。フラミンゴみたいなビビッドなピンク。今までにもピンク色をまぶたにのせてみたくてチークをのせてみたりしたことがあるけれど、チークみたいな桃色をまぶたにのせると、まるで泣いたあとみたいに腫れ上がって見える。だから今日1つ、やりたいことが叶った。

 

もう少し髪が伸びてプリンになってきたら、完全に髪を脱色して黄色味の少ない金髪にしたいな。

 

昨日の深夜テレビでやっていた美容番組に、メイクの仕上げに顔をツヤっぽく見せるための透明のジェルみたいなものがあって、それも実物を使ってみたい。

 

今日はもともとシェーディングとシャドウを買おうと決めて薬局に行ったけど、薬局のコスメってやっぱりわかりやすいものしか置いてないんだなという印象。欲しいもののイメージが固まっていたからそう思えた。

 

お化粧を始めようと思って身近な薬局にとりあえず行ったら、リップとマスカラ、ファンデ、シャドウくらいのものはちゃんと揃えられても、ハイライトやシェーディング、ベースカラーとか、そういう微妙なものはデパートに行かないとたくさん選べないんだなあと。結局シェーディングもいいのがなくてブラウンと赤の間くらいの色のチークでどうにかすることにしたけど。デパコスに手を出すほどお金はないから工夫しなくちゃだなあ。

 

なんかどんどん奇抜な見た目になっていくけど、好きなもの着て好きなメイクしてるだけならいいかなー。これが本来の私!とか言うほどではないけど、私はもう周りに合わせる生き方を徹底的に止めなければいけない、私のために。

 

なんだか変わった人だなあ、ファッションにこだわりがあるんだなあと思われていた方が楽だ。

広告を非表示にする

努力とは

昼夜逆転をなんとか治し、毎日日光浴をし、自炊をして、30分くらい筋トレをする。健全な精神は健全な肉体に宿ると信じて。

 

それでも不安を拭い去ることができない。もうこれは病気がどうとかいうより生まれてきた生物として考えなくてもいいことをたくさん抱えているからにすぎないのじゃなかろうか。

したいことは何もないけど、とにかく何かしていないと不安だしまた昼夜逆転してしまうので、目に付いた家事をとにかく片付けたりとかしてごまかしている。私がやりたいことはどれなの?

 

家出をしようとまた画策したはいいが、計画だけですごく疲れて寝て起きたらAが帰ってきていたりして。

 

ここ一週間は人に会うことが多かった。

 

2日は心療内科に行って、食べた物を吐いてしまう話や実家にAと挨拶に行った話をした。先生は特に薬の量を増やすようなことはせず、「ご飯を食べる前に少し薬を飲むと吐かなくて済むかもよ」と教えてくれた。

 

3日には自立支援医療の申請に役所まで出かけた。これで心療内科にかかるお金が1割負担になるらしい。それから、結婚に必要な書類を揃えるために本籍地の書いてある住民票をもらったりもした。

 

4日は友達の展示へ出かけた。仲が良いIとHも連れて行った。Hが買い物をしたいと言っていたので、展示の前に一緒にウインドーショッピングをした。友達の展示には、たくさんの知り合いがいて、私の最終学歴での先生もいた。先生は私に話しかけてくれて、私が得意だったことを覚えていてくれた。「今何してるの?」と聞かれて、「何もしていない」という以外になかったので、正直に「病気になっちゃって」と笑いながら話した。先生は深く聞くこともせず理解してくれたようだった。先生は優しいなと思った。

 

友達にできたばかりの恋人の顔を見たけど、人の恋人を見たときに感じる嫌な感じが特に無かったのでよかった。私はAというものがありながらも、他人のカップルを見るのがあんまり得意じゃないというか、嫌いだからだ。

 

他にも共通の友達が展示を見に来ていたが、みんなそのあとの予定に示しを合わせていたようで、そりゃいちいち予定を聞くのも変かもしれないし聞いたからどうってこともないし別に参加したくもないのだけど、こちら側には完全に秘密にされていた、というか気遣いなくそういうことになっていたので感じが悪いなと思った。私はそういう場合には気軽に「このあとあそこに行くんだ」とか言う。誘うか誘わないかはおいておいて。私の気にしすぎかもしれないが、陰湿な野郎どもばかりだぜと思う。わたしのこういうところは母に似ているなと思う。

 

IとHとAとで酒を飲んで、カラオケをして帰宅した。

 

5日はおかしくなった。午前から昼間にかけては調子が良く、スーパーに一人でうどんの玉を買いにいってAに焼うどんを振る舞うほどの余裕ぶりだったのに、ベッドに寝転んでゲームをしていたら、夕方になるにつれどんどん不安やら悲しみやら辛さが噴き出してくるような感じがして、泣きながら何もできず天井を見ていた。

 

Aが出前を頼んでくれて、薬を飲んで食べて、Aが出前の皿を洗う音を聞きながら眠ってしまった。まだ夜の9時くらいだったと思う。Aが「つらいときは俺を頼っていいんだよ」と言ってくれた。

 

6日は家事、筋トレ、掃除など、とにかく何かをしていた。何をしても虚しかったが、とりあえず部屋はきれいに片付いた。Aが明日食べる弁当まで、昼間のうちに詰めてしまった。読んでもいまひとつ集中できない雑誌を集中しよう集中しようと思いながら読むと時間が早く経つ。特にやることがたくさんあるわけでも期限があることでもないので、ただただ家の中で一人で焦りに耐える。何かやっても虚しくならない趣味が欲しい。探さなくちゃ。

 

7日は同じ高校を卒業した子が、同じ病気になっているというので会ってきた。ランチをして、お互いにどうして発症したのかとか、今の状況とかについて話した。通った高校に行ってみようという話になり行った。懐かしかった。先生たちもみんな、たまたまやってきた私たちにとても優しくしてくれた。少し離れた場所で知り合いに会うことはほっとする。でも、なんだろう、期待していたほどには心が動かなかった。

 

五年前、あそこに通っていた頃とは全く違った景色を見ている。先生たちは私の状況を知って、それでもやっぱり教育者としてアドバイスをくれた。それはありがたいことだなと思った。

 

久しぶりに会う友達に会えば、誰かに会えば気が晴れると思っていた。次の日に疲れ切って眠ってしまったりおかしくなってしまったりするのは、病気のせいなんだと。

 

でも違う。誰と会っても、何をしてても虚しく感じる。そりゃ面白い物をみれば笑いもするし感動もする。心が動く瞬間はある。でも虚しい。私の中身には何にもない。それを受け入れられない。何かに集中したいのに、集中することさえ難しい。自分の体が思い通りにならない。楽しいことを楽しいままそのまま受け取ってそのままできたらいいのに。

 

でも筋トレや家事と自炊だけはやめない。これをやめてしまったら本当に空っぽで、私は主婦の端くれとしてもダメになってしまう。

 

みんな「無理しなくていいよ」「今考える必要のないことは考えなくていいよ」「時間が解決してくれるよ」と言ってくれて非常にありがたいのだけど、私の気持ちのカラカラさには誰も気づいていないように思う。

 

誰かと会えばその度に人間関係に困惑したり混乱したりを毎日繰り返すし、何かをしても楽しくなくて集中できない。私にだってそれの責任の一端はあるだろう。例えば筋トレをもっともっとつきつめてやるとか。料理をつきつめてやるとか。虚しさが取れるかもしれない。

 

気持ちが急いて、死にたくて虚しくて、このまま何もないなら、死しか救いが無いじゃないか、私は何もせずにどこかに楽しいことが転がってないかなと言ってるのと同じなのかもしれない。だとすればそれはそれで悔しくてつらい。

 

どこにいっても人間関係に堪えられない。ひとりぼっちだ。問題は私の中にある。意固地になっているのも複雑にしているのも私。

 

わたしのことが嫌いで、世の中も嫌いで、でも彼氏に甘えてすがって生活して、働きもせずに生きて。なにがしたいかなんてわかるわけない。人とぶつかって苦しんで、自分の力で生きている人がやっと自分が何をしたいのかがわかるんじゃないのか?

 

だから私みたいなのにはわからないんじゃないか?

 

結婚したって私は同じようなことで苦しみ続けるだろう。じゃあ働ければ何か見えるものが変わるのか?人との関わりは1日でくたくたなのに?

 

死にたい。

広告を非表示にする

昨日私が寝ようとしてるAの横でドラマを見ていたら「明日見なよ」と言われたけど私が我慢できず隣の部屋に移ってドラマ終わるまでパソコンで見ていて、見終わってからツイッター見たらAが「キレそう」とつぶやいていて怒ったんだなと思った。

 

今日朝起きてからお米を炊いたけどAが家出るまでの時間にお弁当つめるのが間に合わないと思ったので、昨日私に買ってきてもらったお弁当のぶんのお金と今日のお昼代にと思い千円渡した。

 

さっきAからラインがあって、「鬱の時とか生理前に落ち込んでたりするのは対応できるけど寝る前に動画見たり弁当詰めないのは怒る」とあって、素直にごめんと謝り、お弁当は詰めようと思ったけどお米が間に合わなかったと言い訳をした。

 

Aがわざわざツイッターに「キレそう」と書いたのが嫌だったのでそのことについていったら、Aが本当にキレてしまって手がつけられない。

 

私が渡したお金も元は俺の金だろ、と言われた。そうだねとしか言えなかった。

 

どこに行っても弱い立場なのは自分のせいだ。部屋でうずくまってばかりの自分も嫌いだし。

 

Aからは何十分かおきに罵倒の言葉がわざわざ送られてくる。Aは一度キレ始めるとバカとかボケとかハゲとかそういう罵倒語を使う。口が汚いのでそういうところは本当に嫌いだ。私が冷静に優しい言葉で伝えるようにしてるのに、と思う。

 

Aが帰ってくる前にここから逃げ出そうと思う。卑怯な手段かもしれない。でもなんかもういっぱいいっぱいだ。

遠くに逃げたい

朝起きて日光を浴びている。

 

ほんのすこし人から否定されたことが頭の中でぐるぐる思い出されてどうして自分はこんなにダメなんだろうと思う。

 

昨日お風呂上りにリアルタイムで観られなかったドラマを見ていたらAが寝ると言って、「明日見なよ」と言ったので隣の部屋に移動して最後まで見たら、Aが「キレそう」とツイッターでつぶやいていた。

 

Aが一緒に暮らすお父さんに、私の実家に挨拶に行ったこと、結婚することを報告したのだけど、お父さんは「お前に自由にさせすぎたかな」と言ったらしい。

 

なんだろ、たったそれだけのことなんだけど今すぐここから逃げ出したい気持ちでいっぱい。でも行きたいところも行けるところも思いつかない。毎日、今日はどこか散歩に出ようかなと思う。でも散歩したいところなんてどこにもない。

 

母がこのあいだ、私の結婚資金のためにためてくれていたお金が入った通帳が手元にあって、だいたい30万くらい入っている。

 

逃げたい。せっかく結婚のためにためてくれていたお金なのに、ここからも実家からも逃げるためだけに使ってしまいそう。

 

このブログにひたすら自分の気持ちを綴っていくことしかできないし、それを誰かが見ていてくれていることもわかってるんだけど、私は自分のこと誰にも話せない、私の気持ちを背負ったりたらみんなつぶれてしまうから言えない。でも多分みんなそうだよね。みんな辛いよね。

 

でもそのみんなっていったいどこにいるんだろう。Aに冷たくされたらそれだけで私の人付き合いなんておしまいじゃないか。たまに会う友達がいたって、健康で若い20代に私の気持ちなんかわからないよ。

 

もうなんでもいいからここから逃げたい。死にたい。

 

広告を非表示にする

三月になった

やっぱりつらい。

 

妹の人生を直接的に狂わせてしまったのは私なんだろう。

 

私を中心にした家族っていうのがもう、どうして?って感じだ。

 

三月になったのに、私の心は晴れないまま、むしろまた辛い時期に戻ってしまった。

広告を非表示にする

実家に帰った

Aと一緒に私の実家に帰り、結婚したいということと、私の病状を伝えた。

 

母は寿司やローストビーフなどのパーティで食べるようなセットを食卓に用意して待ってくれていた。お酒も出た。

 

私の病気のことや、アダルトチルドレンに対する理解は、父はあまりなかった。母も病気のことは理解してくれたもののアダルトチルドレンのことは考え方だから、という立ち位置。父には「アダルトチルドレンなんて精神病を増やすため、医者が儲けるための考え方としか思えない、意味がわからない」と言われた。私は「通常親にアダルトチルドレンであることは理解が得られないから伝えない方がいいということを知っておきながら、自分のためにも今後の妹たちの教育方針のためにも伝えたいと思ってしまった。でも後悔している」と伝えた。

 

病気の話になったあと、母が私のことを、こんな生活して甘えてる、情けないと思わないのか、病気は治そうと思えば治ると、そういう方向に話をし始めて、どんどん母が思ったことをそのまま言い始めてから、隣に座っているAもイライラし始め、私もああやっぱりだめなんだな、なんて思っていたら、急に吐き気が込み上げて、話の途中だったけどトイレに駆け込んで吐いた。

 

別に気持ちが悪いわけでもなかったし、ごはんは美味しかった。でも嗚咽が何回かあって、本当に胃の中のものが出てきたのでびっくりしたし、本当にこんなことで人って吐くんだなあ、なんて思ったりした。直前まで、味が良くわからなくてもご馳走を胃に突っ込み続けていたのだけど、もったいなかった。

 

少し震えもきたので、不安を抑えるための薬を飲もうとカバンから取り出したら、母が「こんなので飲んじゃダメ」と酒を取り上げて、水を出してくれた。薬を飲んでしばらくしたら幾分落ち着いた。

 

私が吐いたことで全体的に、これ以上追い詰めてはいけない、というふうに空気が動いたみたいで、これから2人はどうしたいのか、暮らしていくには経済的にはどれくらい大変か、という話をした。Aはずっと冷静に受け答えしていた。母が声を荒げ気味になったときも、父が「ACなんて病人を増やしたいだけの考え」と言ったときも、Aの怒りが隣から伝わってきたが、本当にとても冷静だった。

 

事前にこのことを何度もAと話したけど、Aは母が浮気したりしていた点がどうしても許せなかったようで、父のことよりも母のことを嫌いだと言っていた。母が「学校も通わせて、ご飯もたべさせて、ちゃんとしてきたのに」と口走った時、事前に2人で話していた時は「俺、Kちゃんのお母さんがそういうこと言ってきたら、浮気してたくせにって言っちゃいそう」と言うほどだったのに、母が本当にそう言った時もAは黙っていた。私はそのことが本当に助かった。

 

これもAに事前に言っていたことだが、母の浮気は家庭の事情がこんがらがり他に頼れる男の人がいなかった母が浮気してしまったこと、父を男として見れなかったことは仕方がないと私は思ってるので、むやみやたらにこのことで傷つけたくない、責めたりしないでくれと頼んでいた。

 

実際にうちの両親の話を聞いて頭がまっしろになっても、その約束を守ってくれたし、両親とAの間で板挟みになりヒヤヒヤする事態は避けられた。

 

母は私が吐いてしまったあとから、母自身のことを責めて泣き出し、私に謝ったり、それでも家族みんな辛い思いをしたということを言った。

 

結論、条件付きで結婚はなんとか認められた。私が短い期間でも実家で生活し、家族と少しでもわだかまりを取って、祝福しやすい環境を作ってほしいということだった。半年でも3ヶ月でもいいから、と最初は言っていた両親も、私の様子を見て、さらに私が「どうして帰らなきゃいけないの?」と言ったことも手伝って、本当に少しの時期でいい、と言ってくれた。

 

このままでは私側の家族はみんな祝福できないままになるから、ということはとても良く伝わった。その日は話し合いはそれくらいにして、あとはそれぞれの両親の顔合わせの食事をしようという話になり、わりと円満に別れることができた。

 

 

今日、母からメールが届いた。体調が悪いのに無理を押して帰ってきてくれてありがとうという書き出しで、妹が不登校になっている、と告げられた。

 

妹と会った時、私は学校のことを聞いてしまっていた。しまった、と思った。まさかそんなことになっているとはつゆほども思わなかった。自分のことでいっぱいいっぱいだった。

 

私には妹が二人いる。二人とも、私が出て行ってから心のバランスを崩し、様子がおかしくなってしまったという。片方が不登校になって、片方は前から無口だったけど、より自分のことを話さずふさぎ込むようになったそうだった。

 

私は妹のことをどうでもいいなんて思ったことは一度もない。わりと年の離れた妹たちだったので、おしめも変えればミルクもあげた。二人が生まれてから、ずっとそばにいた。お互いをジャマ者扱いしたりしない、かなり仲の良い姉妹だった。妹が生まれたことは本当に嬉しいことだった。でも、妹たちが私と同じようなテンションで私のことを大切に思ってくれていたことを、私は想像できなかった。

 

家出をする前から、メモ帳に「ここを出て行く」と書いて、その目標のために必要なものをわざわざ書いていたのだけど、妹はこれを私が家出する前から見て知っていたのだと言う。

 

そして私が家出を決行したあと、おき忘れていた、私の中学生から高校生時代くらいの日記帳までも読んでしまったらしい。妹がそこまでのことをするなんて思わなかった。私が出て行った理由が知りたくて、日記を読むなんて。

 

その日記帳には、幼い時、私が生まれたての妹に感じた殺意のことまで書いてあった。妹を殺さなくて本当に良かった、どうしてあんなにリアルな殺意を感じてしまったんだろう、という内容ではあったと思うが、それでも十分ショッキングだろう。私は人として最低なことをした。どうしてよりによってあの日記だけ置いてきてしまったんだろう。

 

妹は怒ったらしい。「私たちはみんなKちゃんのことを大切にしてきたのに、出て行くなんてひどいよ、お母さんほっときなよ」と。

 

でもそのうち私を責めることも母を責めることもしないようになり、片方は不登校、片方はふさぎ込むようになったのだった。

 

母は「私の存在が嫌であればKが帰ってくるときは違う場所にいるので、どうか妹たちとのわだかまりを解いてほしい」とメールに書いてきた。

 

直接会ったときに母が私に、不登校のことを伝えなかったのには理由があった。母が「私以外のみんなだって辛かったんだよ、とくに妹なんか」と言いかけた瞬間に、妹が本当に嫌そうな顔をして母を睨んだ。「言わなくていい!」とても語気が強かった。

 

あの家族は、妹たちまでもが、私を中心にしていたのだった。

 

母も、妹も。父でさえ、私がいなくなってからは寝込んだという。私にとって家族は、一人一人は大切にすべき好きな人たちだったはずなのに、私はみんな傷つけてしまった。

 

でも、自分のした選択そのものには後悔していない。遅かれ早かれ精神的な病気の診断は受けることになっていたと思う。そしてそのときに思うような理解が得られなければ、似たようなことになっていた。私は自分の恋人と暮らすために家出して、もう何が起こってもできるだけ家族関係のせいにはしないぞと誓った。

 

恋人は優しくて、病気の私のことを受け入れプロポーズまでしてくれた。病気自体はとても辛いけど、少しずつ家族のせいだと思うことをやめられるようになってきた。

 

私は間違ってない。

 

妹のことを思うとすぐにでも何か私の考えていることを伝えたいとも思うのだけど、あんなに私に不登校になったことを伝えられるのを嫌がっていた妹にすぐに何か伝えても、「お姉ちゃんは私が不登校だって知ったから優しくしてくるんだ」と思いかねない。それはかえって妹を傷つける。

 

だから最初の約束通り、ある少しの期間だけ帰ることにした。その期間、母は入院していて家にいないので、私と妹と父だけで暮らす。

 

妹の考え方に影響することは難しいかもしれない。私が何を言ったところで、一度ついた傷は本人が消していく努力をしなければ消えることはない。それがどんなに理不尽な理由でついた傷だったとしても、乗り越えるのは本人でしかない、悲しいことに。

 

母も私に対してこんな気持ちなのかもしれない。

 

私は私のやり方で幸せになるしかない。妹たちも。冷たい印象を持つだろうけど。

 

広告を非表示にする