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定まらない日記

身の回りのことを書きます。アダルトチルドレン、双極性障害。

実家に帰った

人間模様

Aと一緒に私の実家に帰り、結婚したいということと、私の病状を伝えた。

 

母は寿司やローストビーフなどのパーティで食べるようなセットを食卓に用意して待ってくれていた。お酒も出た。

 

私の病気のことや、アダルトチルドレンに対する理解は、父はあまりなかった。母も病気のことは理解してくれたもののアダルトチルドレンのことは考え方だから、という立ち位置。父には「アダルトチルドレンなんて精神病を増やすため、医者が儲けるための考え方としか思えない、意味がわからない」と言われた。私は「通常親にアダルトチルドレンであることは理解が得られないから伝えない方がいいということを知っておきながら、自分のためにも今後の妹たちの教育方針のためにも伝えたいと思ってしまった。でも後悔している」と伝えた。

 

病気の話になったあと、母が私のことを、こんな生活して甘えてる、情けないと思わないのか、病気は治そうと思えば治ると、そういう方向に話をし始めて、どんどん母が思ったことをそのまま言い始めてから、隣に座っているAもイライラし始め、私もああやっぱりだめなんだな、なんて思っていたら、急に吐き気が込み上げて、話の途中だったけどトイレに駆け込んで吐いた。

 

別に気持ちが悪いわけでもなかったし、ごはんは美味しかった。でも嗚咽が何回かあって、本当に胃の中のものが出てきたのでびっくりしたし、本当にこんなことで人って吐くんだなあ、なんて思ったりした。直前まで、味が良くわからなくてもご馳走を胃に突っ込み続けていたのだけど、もったいなかった。

 

少し震えもきたので、不安を抑えるための薬を飲もうとカバンから取り出したら、母が「こんなので飲んじゃダメ」と酒を取り上げて、水を出してくれた。薬を飲んでしばらくしたら幾分落ち着いた。

 

私が吐いたことで全体的に、これ以上追い詰めてはいけない、というふうに空気が動いたみたいで、これから2人はどうしたいのか、暮らしていくには経済的にはどれくらい大変か、という話をした。Aはずっと冷静に受け答えしていた。母が声を荒げ気味になったときも、父が「ACなんて病人を増やしたいだけの考え」と言ったときも、Aの怒りが隣から伝わってきたが、本当にとても冷静だった。

 

事前にこのことを何度もAと話したけど、Aは母が浮気したりしていた点がどうしても許せなかったようで、父のことよりも母のことを嫌いだと言っていた。母が「学校も通わせて、ご飯もたべさせて、ちゃんとしてきたのに」と口走った時、事前に2人で話していた時は「俺、Kちゃんのお母さんがそういうこと言ってきたら、浮気してたくせにって言っちゃいそう」と言うほどだったのに、母が本当にそう言った時もAは黙っていた。私はそのことが本当に助かった。

 

これもAに事前に言っていたことだが、母の浮気は家庭の事情がこんがらがり他に頼れる男の人がいなかった母が浮気してしまったこと、父を男として見れなかったことは仕方がないと私は思ってるので、むやみやたらにこのことで傷つけたくない、責めたりしないでくれと頼んでいた。

 

実際にうちの両親の話を聞いて頭がまっしろになっても、その約束を守ってくれたし、両親とAの間で板挟みになりヒヤヒヤする事態は避けられた。

 

母は私が吐いてしまったあとから、母自身のことを責めて泣き出し、私に謝ったり、それでも家族みんな辛い思いをしたということを言った。

 

結論、条件付きで結婚はなんとか認められた。私が短い期間でも実家で生活し、家族と少しでもわだかまりを取って、祝福しやすい環境を作ってほしいということだった。半年でも3ヶ月でもいいから、と最初は言っていた両親も、私の様子を見て、さらに私が「どうして帰らなきゃいけないの?」と言ったことも手伝って、本当に少しの時期でいい、と言ってくれた。

 

このままでは私側の家族はみんな祝福できないままになるから、ということはとても良く伝わった。その日は話し合いはそれくらいにして、あとはそれぞれの両親の顔合わせの食事をしようという話になり、わりと円満に別れることができた。

 

 

今日、母からメールが届いた。体調が悪いのに無理を押して帰ってきてくれてありがとうという書き出しで、妹が不登校になっている、と告げられた。

 

妹と会った時、私は学校のことを聞いてしまっていた。しまった、と思った。まさかそんなことになっているとはつゆほども思わなかった。自分のことでいっぱいいっぱいだった。

 

私には妹が二人いる。二人とも、私が出て行ってから心のバランスを崩し、様子がおかしくなってしまったという。片方が不登校になって、片方は前から無口だったけど、より自分のことを話さずふさぎ込むようになったそうだった。

 

私は妹のことをどうでもいいなんて思ったことは一度もない。わりと年の離れた妹たちだったので、おしめも変えればミルクもあげた。二人が生まれてから、ずっとそばにいた。お互いをジャマ者扱いしたりしない、かなり仲の良い姉妹だった。妹が生まれたことは本当に嬉しいことだった。でも、妹たちが私と同じようなテンションで私のことを大切に思ってくれていたことを、私は想像できなかった。

 

家出をする前から、メモ帳に「ここを出て行く」と書いて、その目標のために必要なものをわざわざ書いていたのだけど、妹はこれを私が家出する前から見て知っていたのだと言う。

 

そして私が家出を決行したあと、おき忘れていた、私の中学生から高校生時代くらいの日記帳までも読んでしまったらしい。妹がそこまでのことをするなんて思わなかった。私が出て行った理由が知りたくて、日記を読むなんて。

 

その日記帳には、幼い時、私が生まれたての妹に感じた殺意のことまで書いてあった。妹を殺さなくて本当に良かった、どうしてあんなにリアルな殺意を感じてしまったんだろう、という内容ではあったと思うが、それでも十分ショッキングだろう。私は人として最低なことをした。どうしてよりによってあの日記だけ置いてきてしまったんだろう。

 

妹は怒ったらしい。「私たちはみんなKちゃんのことを大切にしてきたのに、出て行くなんてひどいよ、お母さんほっときなよ」と。

 

でもそのうち私を責めることも母を責めることもしないようになり、片方は不登校、片方はふさぎ込むようになったのだった。

 

母は「私の存在が嫌であればKが帰ってくるときは違う場所にいるので、どうか妹たちとのわだかまりを解いてほしい」とメールに書いてきた。

 

直接会ったときに母が私に、不登校のことを伝えなかったのには理由があった。母が「私以外のみんなだって辛かったんだよ、とくに妹なんか」と言いかけた瞬間に、妹が本当に嫌そうな顔をして母を睨んだ。「言わなくていい!」とても語気が強かった。

 

あの家族は、妹たちまでもが、私を中心にしていたのだった。

 

母も、妹も。父でさえ、私がいなくなってからは寝込んだという。私にとって家族は、一人一人は大切にすべき好きな人たちだったはずなのに、私はみんな傷つけてしまった。

 

でも、自分のした選択そのものには後悔していない。遅かれ早かれ精神的な病気の診断は受けることになっていたと思う。そしてそのときに思うような理解が得られなければ、似たようなことになっていた。私は自分の恋人と暮らすために家出して、もう何が起こってもできるだけ家族関係のせいにはしないぞと誓った。

 

恋人は優しくて、病気の私のことを受け入れプロポーズまでしてくれた。病気自体はとても辛いけど、少しずつ家族のせいだと思うことをやめられるようになってきた。

 

私は間違ってない。

 

妹のことを思うとすぐにでも何か私の考えていることを伝えたいとも思うのだけど、あんなに私に不登校になったことを伝えられるのを嫌がっていた妹にすぐに何か伝えても、「お姉ちゃんは私が不登校だって知ったから優しくしてくるんだ」と思いかねない。それはかえって妹を傷つける。

 

だから最初の約束通り、ある少しの期間だけ帰ることにした。その期間、母は入院していて家にいないので、私と妹と父だけで暮らす。

 

妹の考え方に影響することは難しいかもしれない。私が何を言ったところで、一度ついた傷は本人が消していく努力をしなければ消えることはない。それがどんなに理不尽な理由でついた傷だったとしても、乗り越えるのは本人でしかない、悲しいことに。

 

母も私に対してこんな気持ちなのかもしれない。

 

私は私のやり方で幸せになるしかない。妹たちも。冷たい印象を持つだろうけど。

 

めんどくさい

雑記

ついに明日、Aと一緒に私の実家に向かわねばならない。今週はそれを言い訳にしつつなんにもしなかった。趣味的なことも、ドラマを見て漫画読んだだけ。あとはずっと寝てた。夜中に起きてインターネットして、早朝にAの弁当作って、昼間寝た。

 

今日はAが友人の結婚式の二次会に顔を出しているので、昼間までは一緒にいたが私は1人で家にいる。昼は一緒にカレーを食べに行った。

 

近所に食べに行っただけなのにどっと疲れて、また数時間寝た。外は花粉が飛んでいる気がする。くしゃみと鼻水がとまらない。

 

あー明日やだなあ。行きたくないなあ。単純に遠いんだよな〜。

 

行ったら行ったで私の病気の様子がどうなのか聞かれて、まあこんなもんだよって答えて、結婚反対されて、実家に帰ってきた方がいいよって言われて終わりだと思う。

 

めんどくせ〜〜〜〜〜〜。

 

しあわせになれなくてもいい

私の恋人、A

前にも言われたような気がするので過去の記事にも書いたかもしれないが、昨日Aが私に、「べつに幸せになれなくてもいいよ」と言った。私がまた、結婚することに対して「こんなんじゃ幸せになれないかもしれない」と言ったからだった。

 

私は幸せになりたいとは思ってはいるが何をどうしたら幸せになるのかは今ひとつ分かっていない。自分にとって何が幸せなのかを考える。極端な考えだが、ギリギリの暮らしで病気を患っていても、ご飯をなんとか食べて、恋人とまあまあ仲良く暮らしているこの暮らしは幸せだと思う。

 

まず今の状況の何が良くないって、居候という点。それから借金と奨学金の返済と、保険料やら年金やら払うものが多すぎるのに私が病気でろくすっぽ働けていない、働けるほどに回復していない。それでも生活しなけりゃならないからAに生活費をもらい、気に入ってる服を売り、1日だけのアルバイトをし、それでようやくのカツカツな生活。

 

私は実家の居心地がもう長いこと悪くて逃げ出した。それで実家の人々も心配したり憤ったりと、不快な思いをさせてしまった。しかし私にとっては長年積み重なってきたものがそろそろ限界だ、というタイミングで、Aの家に週何回か通うのもまた大変なことだったので、同棲したのは自然なことだった。何度も書くが双極性障害のもつ衝動性も関係がある行動だとは思う。またAもお義父さんも、私が転がり込んでくることにそこまで大きな感想を持っていなかった。

 

私がAと結婚すると、とりあえず年金の支払いと保険料の支払いがなくなる。そして彼氏と同棲しているが実態は居候、という環境も、結婚することでこちらの家の人間になり妻になることができる。今よりも幸せになるために結婚をするんだと言えばそうだ。

 

借金は自分でアルバイトして少しずつ返していくつもりだ。奨学金の変換は一時ストップしたので、借金のみに集中してお金を返せる状況を作る。カードをもっていると衝動的に買い物をしてしまうので、このひと月はAにカードを預けた。

 

2日に1回はコンビニやスーパーの支払いでカードを使っていたのだが、今月は1度も使っていない。自動的に引き落としになっているスマホ利用料と、毎月届く栄養ドリンク代、それだけ。

 

しばらく金銭感覚が鈍っていたので、自分が食費2万円ちょっとで1ヶ月やりくりできるとはとても思えなかったけど、できた。鬱がひどくなって1日1食しか食べないような日も多かったから完全にやりくりできたとは言い難いけど、それでもできたんだよね。

 

1人でいるときにふらっと外食のチェーン店に行きたくなったりもしたけど、それも我慢できた。ふた月前はどうしても何か発散したくてよく1人カラオケ3時間とかやってたし、食べたいものはその場で食べてた。そうだ、時間も守れなかったな。

 

私にとっての幸せは今の生活が、自分の病気が少しずつ良くなっていくこと。

 

たぶん日曜日の話し合いでは、実家に戻って療養し、就労支援を受けて1人で暮らせるようになってから、みたいな話になると思うんだけど、その間にAと離れ離れになるのは今更つらいなあと思う。

 

Aと付き合う前の7ヶ月間と、付き合って一緒に暮らし出すまでの約3年間、私とAは毎晩スカイプで話をしていた。お互いが家に着いたらスカイプを始めて、そのままどっちかが眠るまで、風呂に入ったりご飯を食べたり作業をしたり、各々好きなことをしながらでも、スカイプはつけっぱなしだった。

 

一緒に暮らし始めて、ようやく画面ごしにおしゃべりしなくて良くなったのに、また私が実家に戻れば、スカイプの日々に逆戻り、「早く会いたいね」なんて会話をしなきゃならないのは嫌だ。

 

Aと暮らすのに結婚したほうが暮らしやすくなることは明白だ。でも、母からのメールの「結婚に逃げてもいいことない」という文言にウッとなる。

 

私は仕事も辞めて、そこからアルバイトでもしながら大好きな絵を趣味で描いていくような生き方ができればいいと思っていた。しかしどこのバイト先に行っても続かず転々としてしまった。そのうち周りを憎む気持ちや恨む気持ちにどんどん支配された。こんなことを思いたいわけじゃないのに、何を見ても汚い感情が入ってきた。

 

何かがおかしい、でも何がおかしくなっているのかわからなかった。バイトが続かないことをAに罵られてもいた。実家にも帰る気はしなかった。すぐに連絡が取れるような友達も思い浮かばなかった。とても孤独だったな。

 

なんとかしなきゃと思いながら、パソコンでいろんなページを調べて、自分はアダルトチルドレンなんじゃないかということに気づいた。近所の図書館に行ってよくわかりそうな本を何冊か読んだ。

 

私が家庭に対して感じていた気持ちにかなり近いことが書いてあった。アダルトチルドレンだということに確信が持てた私は、これから自分がどうしたらいいのかを専門家に聞こうと思って精神科に行ったけど、双極性障害だと思うよとお医者さんに言われて、ボー然。アダルトチルドレンは病気じゃないけど、双極性障害は病気だったから、とてもショックを受けたというか、とにかく信じられなかった。

 

母に病気のことをメールしたら、病気になったことに関しては申し訳ないくらい悲しんで心配してくれたけど、病気自体の理解はあまりないみたいだったし、アダルトチルドレンの話をしてしまったことで、母の機嫌を損ねてしまった。

 

今週に入ってからこうやってしょっちゅう自分のことと母のこと、Aのことをこのブログに書いては自分の気持ちの整理をしているつもりなんだけど、効果出てるのかなあ。

 

冒頭に書いた、Aが「べつにしあわせになれなくてもいい」って言ったことが妙に頭から離れない。「絶対幸せにする」とかそういう空手形を、結婚って使うもんだとばっかり思ってたけど。これまでもAは「まあまあ幸せになれるだろう」とかは言ってくれていた。

 

「べつにしあわせになれなくてもいい」が投げやりな意味でないことはわかる。世の中の大勢の人が想像するような幸せは、私が病気の時点で、彼がブラックに勤めている時点で、かなり難しいこと。今のこの生活も、足りないものはたくさんあるけど2人でいること自体は幸せなのだった。

 

世間一般の「幸せ」の虚像に支配されていたんだと思う。やっぱりウエディングドレスとか、指輪は結婚指輪と婚約指輪の2つ用意するだとか、すぐに可愛い子供が生まれるだとか、そういうものに憧れはあるけど。

 

さっきもAにしつこくラインして、「本当にわたしでいいの?実家に帰れっていうなら悲しいし辛いけど帰ってもいいよ」と送ったら、「いいかわるいかと聞かれたらよくないけど、良くなると思ってるよ」と返事が来た。ぶれないなあ。

空洞です

考え方の話

私の好きな作品を作る人たちには大きい共通点がある、と行き当たった。

 

それは本人自身の中身が空洞であること。

 

私の大好きな漫画家は、自分は無趣味だと語っていた。インプットしようとがんばっていた時代もあったようだが、「やりたいことがないほうが強い」という結論に達したのだという。

 

私の大好きな歌手は、「私はみんなが思ってることを変換する機械みたいなもの」と言っていた。

 

どちらの生み出す作品も、誰かの作ったものに似ているとは思わない。彼らのオリジナリティーそのまんま、それでも、そのことに全然こだわっていない。この2人に限らず、私の好きな人たちはみんなそうなんだ。

 

私はずっと自分に何か伝えたいことがないといけないんじゃないか、どうして見つからないんだろうとそういうことばかり考えていた気がする。

お弁当の話

私の恋人、A

今日も今日とて(この表現使うのはオタク)眠れません。

 

今日、というか昨日は繁忙期のAがいつもより1時間も早く帰ってこられたので、2人でアニメ見るなどして少しのんびりできた。最近のAはいつも23時半に会社を出て、0時半に家に着き、そこからお風呂に入って寝るだけ。朝は8時に起きて10分で支度して家を出る、という感じだから、自分らしくいられる余暇の時間がないとAもだんだん荒んでくる。

 

仕事以外のことがなさすぎると、ベッドに入った後もなかなか寝付けないみたいで30分から1時間くらい私とボソボソしゃべってしまうことも多い。大体ベッドに入るのが1時半だから、なるべく早く寝ないと体にも悪いんだけど。

 

もっとヤバい社畜の人もいるのは知ってる。でもAには健康で長生きしてもらわないと困る。Aには転職しようにも転職に使えるだけの十分な時間もほぼない。繁忙期でなくても、22時に会社を出ることが絶対らしい。それより早く帰るということは余裕があることとみなされて、なんらかの予定を詰められたり、上司に嫌味を言われたりする。

 

A自身も早く違う仕事に就きたいと思っているんだけど、忙殺されて、休日くらいはボーっとしていたくて、特に行動に移す体力もない。そんな彼を心配することしかできない。

 

お弁当を作る。洗濯をしておく。掃除したり、空気の換気。お風呂を作っておく。一応これは私の毎日のやるべきこと。朝8時にAにお弁当をもたせて見送って、それ以降はどんなにボーっとしていても、家事はする。今の私の生活に唯一残された張り合いは、Aが家に帰ってくるから、この時間までにこれをしておこう、というものだ。

 

とにかくだるくてできない日も少し前は多かった。でもAはそんな私を怒ったりしなかった。疲れてる時は冗談ぽく怒ることもあったか。帰ってきてお風呂が張ってなくても、Aは文句言わない。自分で掃除して張る。朝起きてお弁当がなくても、そして昼に忙しくて会社を出られず手元に食べ物がなにもない状態で作業しても、Aは私が弁当を作らなかったせいだとは言わない。私はそう思うけどね。

 

私の精神状態で明らかにお弁当のクオリティが変わっても怒らない。なんかAがいかに怒らない人かを書いてもそんなに魅力のアピールにはなっていない気がするけど・・。

 

Aのことをいちいち実家の母と比べてもそれは違うことなんだけどね。母は私の母親なわけで。Aは私の恋人なわけで。甘さの種類が違うのは当たり前のこと。

 

このあいだ夕方のニュースで、ある高校の最後のランチタイムに潜入!という番組がやっていた。高校から大学に上がる多くの子は親が作るお弁当を高校で卒業する、まあ例外はあるんだろうけど。

 

明らかにヤラセ感があって気分が悪くなる番組だった。高校生活最後のお弁当の日、彼ら彼女らのお弁当の包みの中に、母親からの「三年間お弁当をきれいに食べてくれてありがとう!大学行っても頑張ってください」という内容の手紙が入っていた。そしてそれを見て感動する高校生たち。弁当の内容も、高校生活最後だからなのか、テレビの取材が来るからなのか、ものすごく美味しそうで彩りが豊かなお弁当ばかりが映る。いつもそんなお弁当なんだろうか。だとしたらお礼を言うべきはお母さんじゃなくて高校生の君たちの方だぞ。

 

もちろん高校生の子の方からお母さんにありがとうとお礼をいうシーンも撮影されていた。みんな普通のいい子そうで、お母さんもとても普通の優しそうな人達だった。テレビに映らないところでなんかしらの闇を抱えているのかもしれない、なんてわざわざ考えなければいけないほどみんな潔白な感じがした。とても嫌な思いをした。

 

ひとり、お母さんが事故で手足を悪くしたので毎日自分でお弁当を詰めているという女の子がいた。その子のエピソードが1番感動的だったから、尺が長かった。彼女の高校生活最後のお弁当も、彼女が詰めたもので、冷凍食品ばかりのラインナップだった。

 

お弁当を詰めたのは彼女だったけど、その子の母親はちゃんと手紙を包みに入れていた。ヤラセくせ〜。内容はこうだった。「お母さんが手足を悪くしてから毎日よく頑張ってくれたね、お母さんは本当に助かりました。三年間高校生活お疲れ様」

 

その手紙を読んだ後、高校生の女の子と彼女のお母さんが、お互いにお礼を言いながら泣きながらハグするシーンが映って、番組は終了した。アナウンサーも涙ぐんだ表情でうん・・と頷いていた。

 

この番組を見て嫌な思いをしたのは私の勝手だし、感動する視聴者もいるのかもしれないなと思った。

 

私は高校の時自分のことは自分でできるようにならないと、みたいな理由で基本的にずっと自分で弁当を詰めていた。周りの子がお母さんの詰めてくれたお弁当を食べていても、別に気にならなかった。でもこの番組でそれをあたかも感動するべきことのようにまとめられているのがとにかく気に食わなかった。

 

たまに母がお弁当を詰めてくれる時もあった。妹のどちらかがお弁当が必要な時、遠足の時とか。そういうときはそういうときで助かったから、それもあってそんなに気にならなかった。父も弁当持参して会社に行っていたが、母が父の弁当を詰めるのを嫌がったので、父は自分で詰めていた。

 

私が朝寝坊して、ほとんど冷凍食品だけで弁当を詰めるとたまに嫌味を言われた。冷凍食品だってタダじゃない、とかあんたに弁当を詰めさせているのはもっと創意工夫してほしいからだ、とか。弁当を詰めるのにもっと効率よく調理して詰められたら、もっと人生の違う部分の効率もよくなるはず、とよく言っていた。

 

今現在、私はAが食べる弁当を詰めているわけだけど、Aに弁当のお礼を言えとも思わないし、私がAに弁当を毎日食べてくれてありがとうとも思わない。ただAは食べ終わった弁当箱を会社で毎回ちゃんと洗ってきてくれるので、そこは感謝している。ありがとうというポイントがあるならそこだと思っている。

 

私はよく母に「AとKの関係ってなんかお母さんと息子みたい」と言われる。まあ弁当詰めて家事やってりゃ、もろお母さんというか主婦みたいなものだよなと今になっては思うけど、それよりも前、付き合って1年目くらいからそう言われる。

 

私はなんで母がそういうことを言うのか、それが悪いこととされてるのかよくわからない。

よしなしごと

人間模様

このブログになるべく正直に自分の気持ちを書いていることで人との付き合い方とか、話する時にどう進めていけばいいのかとかに迷いがなくなってきた気がする。

 

自分がどう思ってるのかわからない部分が多すぎて、自分の意見を言ってる風で言えてない人になっていたんだと思う。好きなもの好きっていうのこわかった。否定されたらほんとに悲しかったから。

 

自分の持つ意見がこうだから、感情に理由があるということをちゃんと把握するのが23歳って遅くないか〜とは思う。

 

なんでかわからないけど知らない人や初対面の人が話しやすい人と思ってくれてか気を使ってくれてか、どっちもだろうけどちゃんと話ができる。少し前まではまじで誰も話しかけてこなかった。雰囲気とかの問題なのかな?結構不思議なくらい知らない人に話しかけられる。よく行くお店の人とか。

 

髪の毛染めてちょっと愉快そうな見た目になったからってのも大きいかなあ?

 

あとなんか、口から割とすぐに「すごい!」とか「きれい!」とかが出てくるようになった。若い女の子みたいだ。私はまあまあ若い女の子だが。

 

合コンさしすせそ?媚びは使えるうちに使ったほうがいいのはまず間違いない。ちゃんと興味のある部分を見つけて褒めれば相手にも伝わるよなって思う。

 

単純に双極性障害の調子がいい日にお外に出かけているから?まあなんにせよいいことはいいことですね

 

頭が痛くって眠れない。肩こりもひどいっす。鬱入ってると思う。つらいなあ。楽しい良かったことをたくさん思い出そうとしてる。昨日もちゃんと朝日を20分くらいベランダに向かって座ってあびたんだけどなー。

 

あと今日軽く調べてわかったんだけど風邪を引く前みたいな悪寒がしょっちゅうあるの、ストレス性のものかも。ただでさえ寒気が原因で膀胱炎にめちゃくちゃなりやすかったから、栄養ドリンクを毎日飲んで膀胱炎になりづらい体目指してたんだけど、寒気だけがなくならないの変だなって思ってたんだよねー。膀胱炎になる癖は治った?んだけども。いやほんとおむつしながら働くの悲惨ですからね。。

 

悪寒があるときは、布団にたくさんくるまっても寒くて、歩いているときもうっかり漏らしそうで変な姿勢になったりもして。一歩一歩が小さくちょぼちょぼしか歩けなくて、足腰悪い老人みたいなことになってて大変不便だった。体温だいじ〜・・・。

 

自律神経のせいもあるらしい。確かに昼夜逆転して引きこもってるからな〜。どの文章見ても、やっぱり毎日の生活を整えましょう、みたいなことが1番だって書いてあって。家族がそれのサポートを本気でしてくれる気あるんなら頼ってみるべきかとも思う。でもなあ、あんなきっついメールきちゃうとなあ。どうせ病床の私に何時間もまた説教するでしょ多分。。とかなんとか。はー。会ったら色々な心配事が霧散するだろうと思ってる、でも疑う気持ち、怖い気持ちは多分取れない。

 

どーしたらいいんだ・・・。病気の自分が考えなきゃいけないことなのかなあ。

 

頭からっぽにする時間が全然とれない。寝てる時間もなんかよくわからない夢を見て少し疲れてる。Aは「結婚しても俺たちの関係は大して変わんないよ、一緒に生きてけるよ」って言ってくれて、それがどんなにありがたいことか分かってる。

 

恋人が精神を病んだら、それでも一緒にいるか、無理だと諦めて別れるか。Aは迷わなかった。いや、迷ったかもしれない。でも全然その点で悩むそぶりを私に見せなかったんですよね、驚くよ。

 

Aの人間ができてるっていうよりも、Aの男としての意地、人として守らなきゃいけないプライドとか、そういうものが自然に私と一緒にいることを選ばせてるんじゃ?と思う。もちろん私に対する恋愛感情、慣れ親しんだ私への愛着、私の親から守りたい、そんなものもないまぜで。でもそれ以上にAは優しい人なんだよね。そしてA自身が優しい人であろうと思っているんだろうな。そんなAだから私は四年近くもずっと似たようなテンションで好きでいられる。

 

何か変化に目をつぶろうとしてないかとか、不安なことがあってもすぐAに言うようにしている。Aはちゃんと話を聞いて返事をしてくれる。Aは自分の気持ちもかなりストレートに言うし、私のことも考えてくれる。今のところ、結婚相手として、パートナーとして彼に過不足はない。

 

私も少しでもAに日常の中から何か返せるように、お弁当を作ったり、朝ごはんになる物を用意したり、洗濯したりとそういうことをサポートしているつもりだ。

 

この同棲生活がおままごとの域を出ていないのはわかっている。彼のお義父さんと暮らしているから家賃などなどはAが家に入れる四万円以外は甘えてしまっている。

 

それを思うとどんなに嫌でも実家で療養したほうがいいのでは、それもわかる。

 

でもAのためになるであろう、Aのために何かしてあげたい、という大切な気持ちさえなくなってしまったら、私は実家で何をしたらいいんだろう?

 

答えはもう出てる、私はここでAと暮らしていたい。家のことは無視していたい。それは悪いことだと思う自分が確かにいるし、家族には今後も責められるだろうなあ。あはは。しんど〜。自分の選択は背負わなければいけませんね。

泣ける

shinya-sheep.hatenablog.com

 

いいなあお父さん

私も欲しかった

お父さんウゼ〜って言いたかったわ