躁鬱ぬるま湯日記

2016年11月に双極性障害の診断を受けました。最近は症状も落ち着いているので、緩めの精神疾患日記です。

「今、幸せ?」という愚問

私は屋根のある家で暮らしている。

私には仕事がある。

私には夫がいる。


全部私の大切にすべきものだ。


だけど他人からよく聞かれる「今、幸せ?」には本当に我慢がならない。


この質問は、私が幸せであるかどうか、もっと言うと私が自分を幸せと思っているかどうかで、私という人格を判断する材料になるからだ。

本当に虫酸が走る。


「幸せだよ」と答えた場合。


良かったね、おめでとう!とかえすのだろうか。

なんにも考えないでハッピーな質問をしたつもりなのかもしれない。


「いや、今はちょっと…」と、何か原因があって含みを持たせた言い方をしたとする。


その場合、どう思われるのだろう。


私の予測では「そうなんだ、大変なんだね」パターンと、

(私から見たら充分幸せそうなんだけど、気づいてないのかな)パターンがある。


私は幸せと答えても不幸と答えても、結局は相手の物差しで私のことを測られるこの質問がだいっきらいだ。


幸せは主観だ。


私にとって、幸せと不幸は複雑なグラデーション。


それなのになんでこんな失礼な質問に、端的にイエスかノーで答えなければいけないのか。




夫のこと2/22

【今日あった良いこと】

・なんとお花を一輪くれた。

私はお呼ばれに行く途中だったので、私にくれる用じゃなくてお呼ばれの相手にプレゼントする用に用意してくれたのかと思って「なんて気がきくんだ」と思ったら、私宛だったのでびっくりした。

夫の会社の上司が結婚記念日かなんかで、お花を買ってるところを見たらしい。

 

・新しい靴で足を痛めた私のために荷物を全部持って歩いてくれた。

 

・鼻くそ出てたらしいんだけど、素手で取ってくれた。

 

・わざわざ仕事終わりに、お呼ばれの場所まで迎えに来てくれた。花まで持ってるし。

 

【今日あった悪いこと】

・私が今のバイト先に採用してもらったのは社長のカンで、特別採用だという話を聞いたので、夫にその話をしたいと思い、

「私特別採用なんだって」と言ったら、

障害者雇用ってこと?」と電車の中で言われた。

本当にこの人の心の根っこは変わらないなと思って、

「そんなでかい声で言っちゃだめだよ、障害者雇用の人なんてたくさんいるんだから」と注意したら、

「お前のその考えが障害者をバカにしてるんじゃないの?」と言われた。

 

 

今日はお花ももらったし迷惑をかけたから口喧嘩したくないと思って黙った。

ストラテラ

コンサータからストラテラという薬に切り替えた。

 

どっちもADHD向けの薬。

 

でも私の検査結果はADHDじゃなかったんだけど、このADHD向けの薬がとてもよく効いて、生活を送りやすくなるので使っている。

 

でもコンサータよりもストラテラのほうが曲者かもしれない。

 

夜飲んでから寝ると2時間くらいしか眠れずに覚醒してしまうので、朝飲むのに切り替えた。

 

そしたら朝がめちゃしんどい。風邪ひいたとき以上の倦怠感。

 

 

わけがわからなくなった

ここ1ヶ月、睡眠時間が3時間半とか、4時間とかになっている。


でもそれに対しての弊害は昼間眠いとか、それだけ。


いつか死ぬのではとかの心配はあるけど、まあ1ヶ月じゃ死なないよね。


というより「いつか死ぬのでは」が心配になったことは良いことかもしれない。


「早く死にたい」「死ねるなら寝ない」とかでは無くなったわけだから。


 夫との半別居生活を始めて、1週間。


特に何か変わったわけではないけど、週の前半に実家の家族といるほうが心地よいと思ったのは確かだった。


週末に夫と会っても喜びはない。夫だなあ、と思うだけ。そんなもんかもしれないけど。


時間があると過去にあった色んなことを思い出す。


母のこと。夫と過ごした5年間。


どちらも良いところと悪いところがあった。


今は悪い時期なんだろうと思う。


いつかまた良い時期が巡ってきて、悪いときも巡ってくる。


それだけの話かもしれない。


Aは夫としてどうなのか?やはり支配的な人なのだろうか?


私が愛だと思って受け取ってきたものは、私をペットのように扱うための布石だったのだろうか。


だから「お前を女に見れない、ペットに対する愛情と同じ」とか言われたのかな。


その話とか、この間夫に「豚のアナルのような顔」と言われた件で、母に相談したら、別居して、自分で稼いで、生活を立て直せと言われたからそうすることにしたんだけど。


母に相談したことは間違いとは思わない。母は大体正しい。


私に対する叱り方は異常だったし、今でもトラウマだけど、それは私を支配するために言ってることではなかった。


だから実家に居た方が安心するのかな。


ここ数年はいつも八方塞がりな感じがあったけど、少し働くようになったら見違えるほど楽になったように思う。


それでも、人と働いて、人と関わると、自分と人との違いが、心に影を落としてくる。


「違う」なんて感覚的なものでしかないし、表面的だ。


私は誰とも分かりあおうとはしていない。だって分からない。分かりっこない。分かられたくない。


でも、さみしい。


悲しい。